認知症の親の不動産を売ろうと思っても、そのまま売却することは法律上不可能です。ただしいくつかの制度を利用すれば、認知症の親の代わりに不動産を売却できるようになります。
この記事では、親の意思能力の有無に合わせて4つの方法を紹介しています。
監修者
髙杉義征(セカイエ株式会社元執行役員/宅地建物取引士)
株式会社日京ホールディングスの元取締役、セカイエ株式会社の元執行役員を経て、現在は株式会社ミツモアの事業部長として全体を統括。一貫して不動産業界に携わり、不動産仲介会社、不動産管理会社、不動産テック企業での経験を有する。不動産売却希望者と不動産会社をマッチングするサービスでは、執行役員として事業立ち上げからグロースまでを担当。また、不動産関連のセミナーやライブ配信にも登壇している。
認知症の親の土地や家を勝手には売れない
認知症になった人は不動産を売却できません。意思能力のない人が締結した売買契約は、法律上無効となるためです。
子供が認知症の親の代理人となり、不動産を売却することも不可能です。意思能力のない人は代理人を立てることに同意できないため、法的に有効な代理人として認められないためです。
意思能力とは、自分の行動結果の法的意味をある程度理解する能力のことです。民法第7条の「事理を弁識する能力」が意思能力を指します。認知症や重い精神病を患っている人、10歳未満の子供や泥酔者は、意思能力のない人に該当します。
不動産の売買契約に関して、代金を受け取る代わりに所有権が売主に移転するという意味を理解できなければ、意思能力がないと見なされて売買契約は結べません。
成年後見制度を利用すれば認知症でも売却できる
成年後見制度を利用すれば、認知症の親が所有する不動産を本人以外が代理で売却できます。成年後見制度とは、意思能力が不十分な人の契約や手続きをサポート・代行する制度のことです。
成年後見制度には、家庭裁判所が後見人を選ぶ法定後見制度と、意思能力がある本人が後見人を選ぶ任意後見制度の2種類があります。
ただし、この制度は意思能力が不十分な人の利益や財産の保護が目的です。介護費用が不足しているなど、不動産を売却するのに正当な理由がなければ認められません。特に住宅を売却する場合は、家庭裁判所の許可が必要です。
意思能力がない場合は法定後見制度
法定後見制度とは、意思能力を失ってしまった人の後見人を家庭裁判所の判断で選ぶ制度です。
後見人に選ばれるのは、親族や弁護士、司法書士などです。親族であっても、本人と過去に訴訟トラブルがあったり、金銭管理能力に不安があったりすると法定後見人に選ばれない可能性があります。
法定後見制度を使うためには、家庭裁判所への申し立てを行わなければなりません。診断書・必要書類(戸籍謄本や登記事項証明書など)・手数料の準備が必要です。
家庭裁判所により成年後見人が決定したら、成年後見制度が開始されます。申し立てから利用開始までの期間は、約1~4カ月です。
なお、法定後見制度の審判の申し立てには、以下の費用が必要です。
- 申立手数料(収入印紙):800円
- 登記手数料(収入印紙):2,600円
- 連絡用の郵便切手:家庭裁判所への確認が必要
- 精神鑑定料:個々の事情により異なる(おおむね10万円以下)
意思能力がある場合は任意後見制度
任意後見制度は、意思能力があるうちに本人が後見人を選んでおく制度です。認知症の発症・進行により1人で契約や手続きができなくなった時、契約を代わりに行う人と内容をあらかじめ任意後見契約で決めておけます。
この契約に不動産の売却について盛り込んでおけば、後見人が売却の手続きを進めることができます。本人に意思能力があると認められるうちに、速やかに制度利用に向けて対応しましょう。任意後見契約は公正証書により結ぶことができます。
任意後見制度を利用する際の手続きの流れは、法定後見制度の場合とほとんど同じです。申立人が家庭裁判所に申し立てを行い、任意後見人と監督人が選任されれば、任意後見契約の効力が発生します。
申し立てに必要な書類は、診断書や戸籍謄本、任意後見契約公正証書の写しなどです。申立時には以下の費用が必要となります。
- 申立手数料(収入印紙):800円
- 登記手数料(収入印紙):1,400円
- 連絡用の郵便切手:家庭裁判所への確認が必要
本人の精神の状況を確認する必要がある場合は、10万円以下を目安に精神鑑定料もかかります。
法定後見制度で親の不動産を売却する手順
法定後見制度を利用して認知症の親の不動産を売却する場合、次のような手順で進めます。
法定後見制度の開始
法定後見制度を利用するには、家庭裁判所への申し立てが必要です。本人のほか、配偶者や四親等内の親族が申し立てを行うことができます。診断書・必要書類(戸籍謄本や登記事項証明書など)・手数料を準備しましょう。
申し立てから利用開始までの期間は、約1~4カ月です。
居住用不動産を売る場合は家庭裁判所の許可を得る
後見制度を利用して居住用不動産を売却する場合は、家庭裁判所の許可が必要です。家庭裁判所の許可を得ずに成立した売買契約は、無効になってしまいます。
以下の書類を準備し、家庭裁判所に申し立てを行いましょう。
- 申立書
- 不動産の全部事項証明書
- 固定資産評価証明書
- 売買契約書の案
- 査定書
- 印紙代など
なお非居住用不動産を売却したい場合は、家庭裁判所の許可は不要です。介護費用に充てるなどの正当な理由に基づいて、後見人の判断で売却を進めることができます。
不動産会社の査定を受け、媒介契約を結ぶ
売却の許可を得たら、不動産会社に不動産の査定を依頼しましょう。査定額の根拠を示してくれるか、対応が親切かなどの基準で信頼のおける不動産会社を見つけましょう。
良い不動産会社が見つかったら、販促活動を行ってもらうための媒介契約を結びます。
買主と売買契約を結び、決済・引き渡しを行う
不動産の買い手が現れたら、法定後見人が本人の代理で買主と売買契約を締結します。契約にあたっての重要事項を不動産会社も交えた三者で確認し、契約書類に署名・押印しましょう。
買主から入金が行われ、不動産を引き渡せば、後見制度を利用した売却手続きは完了です。
成年後見制度を利用して売却する場合の2つの注意点
成年後見制度は利用するにあたって注意点もあります。2つの注意点について確認していきましょう。
法定後見人に対する報酬が発生することがある
法定後見人に弁護士や司法書士が選任された場合、後見人からの請求や家庭裁判所の判断によっては報酬が発生します。
家庭裁判所が公表している「成年後見人等の報酬のめやす」では月額2万円~6万円ほどと定められています。
なお法定後見人は、一度選任されると本人が死亡するまで取り消せません。月額の報酬が発生している場合、本人の死亡まで支払い続ける必要があります。
「不動産を売却するために後見人を立て、手続きが済んだら解任する」といったことはできないので注意しましょう。
理由によって売却が認められない場合がある
成年後見制度の目的は、本人の利益や財産の保護です。そのため安定した現物資産である不動産を、失われやすい現金に変換する売却行為は認められにくいのが実情です。
「不動産を売却しないと介護資金を調達できない」など、本人に何らかの不利益が生じてしまう場合に、不動産売却が認められやすくなります。
認知症対策では家族信託と生前贈与も使える
親が認知症発症前であるか、認知症が軽度で意思能力があると判断された場合は、家族信託や生前贈与を行うのもおすすめです。
それぞれどのようなものなのか、手続きの流れや費用と併せて解説します。
家族信託で売却権限を移す
家族信託とは、本人が信頼できる家族に財産管理を任せることです。本人以外に不動産の管理権限が移ることで、家庭裁判所の許可がなくても不動産を売却することが可能です。契約時に信託目的を決めておけば、売却だけでなく投資目的での運用もできます。
家族信託を開始するにあたって、不動産の名義を変更したり公正証書を作成したりする必要があるため、一定の初期費用が必要です。また信託財産の管理・運用体制の整備として、信託口口座や不動産信託登記の準備も必要です。
しかし法定後見人に専門家を立てる時に比べると、高額なランニングコストを抑えられます。
なお家族信託の手続きを自分で進める場合、以下の費用がかかります。
- 信託契約書の公正証書化費用:3万3,000~11万円程度
- 不動産信託登記で発生する登録免許税:固定資産評価額の0.3~0.4%
手続きを専門家に依頼する場合は、上記の費用以外に専門家への報酬も発生します。
生前贈与で名義変更をする
親が意思決定能力を持っている段階であれば、不動産を生前贈与してもらうのもおすすめです。生前贈与してもらうことで不動産の名義が子になるため、子の意思によって任意のタイミングで売却できるようになります。
ただし生前贈与にあたり、贈与税や登録免許税などの各種税金がかかる点に注意しましょう。
認知症の親の不動産売買をしたトラブル例
認知症の親の不動産を勝手に売買した場合、トラブルに発展する恐れがあります。代表的なトラブル例を見ていきましょう。
勝手に親のマンションを売った
認知症の親の不動産に関する最も多いトラブル例は、子供が勝手に親の不動産を売ってしまうことです。例えば親の介護費用が必要である、現金の方が相続しやすいといった理由で、親の所有するマンションやアパートを無許可で売却するケースがあります。
不動産を売却できるのは、不動産の所有者である本人のみです。後見制度などを利用せず勝手に親のマンションを売ってしまうと、相続時に親族とトラブルになる可能性があります。
認知症になった親の不動産を売りたい場合は、必ず成年後見制度を利用しましょう。
親名義でバリアフリー物件を購入した
認知症の親の不動産にまつわるトラブル例としては、親のために親名義でバリアフリー物件を購入することなども挙げられます。
意思能力のない人が締結した売買契約は無効となるため、たとえ親のためを思っての行動だとしても、引っ越した後で親名義であることが発覚した場合などにトラブルになります。
介護のためにバリアフリー物件の購入を考えているなら、遺産の相続権を持つ他の親族に必ず相談しましょう。他の親族の同意を得て、成年後見制度などの有効な法的手続きを踏んでから購入してください。
認知症の親の不動産は成年後見制度で売却
親が重度の認知症を患っている場合は、意思能力がないため不動産を売却できません。子供が代理人となって代わりに売却することも不可能です。
認知症の親の不動産を売りたいなら、認知症の進行度合いや個々のケースに合わせて、成年後見制度や家族信託などを利用しましょう。
成年後見制度や家族信託について分からないことがあれば、頼れる専門家に相談してみませんか?難しい手続きもスムーズに進められます。