賃貸アパートを経営する中で、売却を考えた経験がある人も多いのではないでしょうか。アパートを売却したいと考えているなら、売却の流れや税金について把握することも大切です。アパートを売却するおすすめのタイミングや、注意点について解説します。
監修者
髙杉義征(セカイエ株式会社元執行役員/宅地建物取引士)
株式会社日京ホールディングスの元取締役、セカイエ株式会社の元執行役員を経て、現在は株式会社ミツモアの事業部長として全体を統括。一貫して不動産業界に携わり、不動産仲介会社、不動産管理会社、不動産テック企業での経験を有する。不動産売却希望者と不動産会社をマッチングするサービスでは、執行役員として事業立ち上げからグロースまでを担当。また、不動産関連のセミナーやライブ配信にも登壇している。
賃貸アパート一棟を売却するタイミング
賃貸アパート一棟を売却するタイミングは、どのように選べばよいのでしょうか。売却に適したタイミングを見極めるポイントを紹介します。
アパート周辺の環境に注目
不動産の価値はその建物自体の価値だけでなく、建物の周辺環境も影響するのがポイントです。
人口が増加していたり開発が進んでいたりする地域なら、将来的に地価の上昇が期待できるため、アパートの不動産価値も上昇を期待できるでしょう。逆に過疎化が進んでいる地域であれば、不動産価値が下落するリスクも考えられます。
環境の変化によってアパートの価値が上がりそうであれば、価値が高まるのを待ってから売却するのがおすすめです。アパート自体の状態はもちろん、周辺環境がどのような状況なのかという点も意識しましょう。
減価償却が終わったタイミング
アパートローンの元金返済額が、減価償却費を上回っている状態を『デッドクロス』といいます。このような状態では支払うべき所得税が増えてしまい、アパートを保有するメリットが小さくなっている状態です。
家賃収入や節税を目的にアパートを経営しているのであれば、減価償却が終わったタイミングに合わせて売却する方法もあります。アパートの減価償却は自宅の場合とは計算式が異なるため、事前に償却率や減価償却費について把握しましょう。
アパートの減価償却は、建物の耐用年数に応じて行われるのが一般的です。アパートの建築方式や付属設備によって法定耐用年数が異なるため、正しく計算を行うためのチェックが必要になります。
築年数20年以内なら早めの売却を
アパートは築年数が経過するごとに、不動産としての価値も下がる傾向があります。新築に近いほど買い手がつきやすいため、築20年以内かどうかを目安に売却のタイミングを考えましょう。
築年数が20年を過ぎたアパートは価格の下がり方が緩やかですが、築20年以内のアパートは、1年ごとに価格が大きく下落する傾向があります。築年数が20年を超える前に売却するのがおすすめです。
木造アパートの場合、減価償却と関連する法定耐用年数は22年と定められています。そのため、耐用年数の短い木造アパートは鉄筋コンクリート造の物件よりも資産価値が下がりやすいのです。
所有期間が5年を超えた
アパートを所有している期間によっても、売却によって得た所得(譲渡所得)に課される所得税の税率に違いがあります。
所有期間が5年を超えているかどうかがポイントです。所有期間が5年以下の場合には短期譲渡所得、5年を超えている場合には長期譲渡所得と呼ばれます。
短期譲渡所得には、所得税・住民税を合計して約40%の税率がかかりますが、長期譲渡所得の場合、税率は約20%とほぼ半分になります。そのため、アパートの所有期間が5年を超えたタイミングも、売却を検討すべき時期といえるでしょう。
アパートの所有期間が5年を超えてから売却すると、節税対策にはなりますが、そこまで待っている間に不動産価値や売却価格の相場が下がってしまうケースもあります。5年以内に売却する方が得になる可能性もあるため、相場を見極めて売却しましょう。
アパートの売却にかかる費用と税金
アパートを売却するに当たり、土地の測量や業者との契約などでさまざまな費用が発生します。アパートの売却に必要となる費用と税金を見ていきましょう。
売却時に発生する主な費用
アパートを売却する際には、不動産の売買を仲介してくれる業者に仲介手数料を支払う必要があります。報酬額の上限は法律で定められているため、事前にどの程度になるか計算しておきましょう。
アパートに入居者がいる場合は、売却前に立ち退いてもらわなければならないケースもあります。売る側の都合での退去なので、立ち退き料として家賃半年~1年分ほどの金額を支払うのが一般的です。
また、土地の正確な面積を測るための測量費用も発生します。登記の際に司法書士を利用するなら、その報酬も発生する点を覚えておきましょう。
売却時に発生する3つの税金
アパートを売却する際には、印紙税・譲渡所得税・登録免許税の3つの税金がかかります。譲渡所得税とは、土地や建物といった資産の譲渡によって得た所得にかかる税金です。
譲渡所得税はアパート売却による利益が出た場合にのみ発生し、損失が出た場合には発生しません。アパート売却時に発生する譲渡所得税には、居住用不動産(自宅)の売却時に使える控除などの特例が適用できないため、注意が必要です。
印紙税とは、不動産の売買で利用される文書に対して課される税金を指します。登録免許税は登記を行った際に発生する税金であり、これら2つの税金は、アパートの購入時にも発生するのが特徴です。
アパートを売却する流れを知ろう
アパートを売却するには、売却前の準備や手続きも大切です。アパートを売却する大まかな流れを、それぞれのステップごとに見ていきましょう。
売却相場を確認する
実際に売却を行う前に、アパートの不動産価値がどの程度になるのか知ることも重要です。近隣にあるアパートがどのくらいの価格で売れているのか、おおよその相場を確認しましょう。
アパートが売買された記録を見るには、REINS(不動産流通機構が運営・管理する不動産流通標準情報システム)や国土交通省の『土地総合情報システム』などの利用がおすすめです。必要な項目を入力するだけで結果を確認できる、一括査定サイトを利用するのもいいでしょう。
相場を把握できたら、希望売却価格を決めておきましょう。自分の希望額を持っておくことで、売却の際に納得した上で決断できるようになります。
査定を受ける
アパートの相場を把握したら、価値や売却額の査定を不動産会社に依頼します。売却の方法には2種類あり、不動産会社に直接アパートを買い取ってもらう方法と会社の仲介により買い手を探す方法から選択が可能です。
すぐにアパートを売却したいなら、不動産会社による買取が適しています。ただし、買取は仲介よりも素早く売却を行えるのがメリットですが、売却額が相場より低くなりがちです。
売却額の目安をサイト上で手軽に見積もってくれる業者もあるため、相場を調べてから売却に必要な書類を用意しましょう。不動産価格の査定には複数の方法がありますが、収益を目的とした物件の査定には、収益還元法が使われるのが一般的です。
不動産会社と契約・売り出し価格を決定する
アパートの査定が終わったら、不動産会社と契約を結んでアパートの売り出し価格を決定します。不動産会社が介入して売却を行う場合、複数の業者を検討した上で不動産会社を選びましょう。
担当者の対応や、これまでの売却実績などを見て決めるのがポイントです。アパートの売却を成功させるには担当者の意欲も重要なので、不動産会社選びは慎重に行う必要があります。
売却活動を行う
売却活動の内容は会社によって異なりますが、チラシを制作する・インターネットなどの広告を出す・店舗の店頭で宣伝を行うといった手法が多いでしょう。これらの費用は不動産会社側が負担するのが一般的です。
査定依頼から売買契約の締結までにかかる期間は、2~6カ月ほどといわれています。アパートを売り出してから1カ月が過ぎても買い手からの反応がなければ、宣伝の内容や価格の見直しが必要です。
興味を持った買い手候補者から内見の希望や問い合わせがあったら、不動産会社とともに対応しましょう。購入を希望する人が見つかったら、交渉を通して条件を決めていきます。
売買契約を結んで引き渡す
アパートの買い手が決まったら、契約を締結した後に引き渡しを行います。決済を行った日が引き渡しの日になるのが一般的なため、期日をきちんと守って手続きを進めましょう。
もし期日までに引き渡しが完了しなかった場合、ペナルティとして違約金が発生します。買い手側だけでなく売り手側にも違約金が発生する可能性があるため、トラブルを防ぐためにも期日を正しく認識することが大切です。
確定申告をする
アパートの売却によって利益が出たら、忘れずに確定申告を行いましょう。物件を売却して得た所得には譲渡所得税が発生し、給与などの所得とは別に計算されます。
譲渡所得とは、アパートの売却額から所得費と譲渡費用を引いた金額です。前述の通り、アパートの所有期間が5年を超えるか否かによって、長期譲渡所得と短期譲渡所得に分けられます。
建物の購入・建築にかかった代金から自分が所有していた期間の減価償却費を引いた金額が、取得費です。消費税や住民税も発生するため、自力での手続きが難しいと感じたら税理士に依頼してみましょう。
アパート売却の注意点「入居者がいる場合」
アパート一棟を売却する前に、注意点についても知っておきましょう。入居者が住んでいる場合に気を付けたいポイントを解説します。
入居者に通知を行う
アパートの売却を行う前に、必ず入居者への通知を行うことが欠かせません。通知義務は法的には定められていないものの、大家が変更になるため、礼儀として行うケースがほとんどです。
アパート売却によりオーナーが変わると、家賃の振込先なども変更になります。入居者側にも手続きの手間が発生するため、通知を行うことでスムーズなオーナーチェンジが可能です。
立ち退きが必要な場合は、売る側の都合で入居者を退去させることになります。『建物が古くて危ない』『これ以上アパートを経営できなくなった』など、入居者も納得できるような理由が必要です。
預かった敷金の引き継ぎも重要
アパートの大家が変わる際には、入居者から預かった敷金にも気を配りましょう。現金を紛失する事態にならないよう、アパートの買い手にしっかりと敷金を引き継ぐ必要があります。
入居時に預かる敷金は、退去時に部屋の状態を回復するために利用されるものです。敷金の残りは退去時に返還するため、入居している間は大切に保管しておく必要があります。
入居者から預かった現金を紛失してしまうと、トラブルにつながるため注意が必要です。新たにアパートの大家になる買い手が敷金を返還できるよう、忘れずに引き継ぎを行いましょう。
アパート売却の注意点「ローン残債がある場合」
まだ住宅ローンが残っていても、アパートを売却する方法があります。ローンの残債があるケースにおいて、覚えておきたいポイントを見ていきましょう。
返済義務が残る可能性もある
アパートの売却価格がローンの残債を上回っていれば、ローンを返済した上でアパートを売却することが可能です。逆に、売却価格よりもローンの残債が高い状態を『オーバーローン』といいます。
オーバーローンになった場合、差額となる不足金を用意しなければいけません。不足した金額は自己資金で補う必要があるため、売却後に返済義務が残る可能性もあるのです。
残債の金額が大きいと、すぐには不足金を用意できないケースも珍しくありません。売却のタイミングを遅らせて、ローンの残額が減るのを待つのも方法の1つです。
オーバーローンの対処法
オーバーローンにおける不足金を補うには、自分で資金を用意するだけでなく、アパートの売却額が少しでも高くなるよう工夫するのもよい方法です。入居率を上げることで、アパートの不動産価値を高めましょう。
築年数が長めのアパートであれば、建物の傷や汚れを修繕するのもポイントです。入居者のニーズを理解して満足度アップに努めることで、アパート経営にもよい影響が出てくる可能性があるでしょう。
また、周辺の環境変化によって不動産価値が上がる可能性もあります。売却額を高められるよう、マンションなどの相場を小まめにチェックするのも大切です。
アパート売却以外の選択肢もチェック
アパート経営に困っている場合、売却のほかにも試せる方法は存在します。アパートを売却する以外にどのような方法があるのかチェックしましょう。
アパートの建て替えを行う
アパートを売却せず、建て替えて新築アパートとして貸し出す方法もあります。賃貸として運営する点は変わりませんが、新築になる分、家賃を高く設定できるのがメリットです。
老朽化した建物が新しくなることで、見た目だけでなく住みやすさも向上します。それまでの運営経験を生かして、入居者のニーズに合った設計に変更できるのも特徴です。
ただし、立て替えを行う場合には、現在の入居者に立ち退いてもらう必要があります。立て替えに取りかかる前に、入居者への説明を行い、理解を得るようにしましょう。
建物を取り壊す
アパートを売却するのではなく、一度更地にしてから土地を売却することも可能です。この方法では取り壊しの費用が発生しますが、築年数の長いアパートなら、壊した方が利益が大きくなる可能性もあります。
アパートを取り壊すことで、その土地を新たな目的に利用することが可能です。アパートを売却するよりも、幅広い目的を持った買い手が見つかる可能性があります。
アパートを取り壊して更地にすると、建物があったときよりも固定資産税が高くなるのが特徴です。そのため、建物を取り壊すのであれば、なるべく早く売却しましょう。
空き部屋をレンタルスペースとして貸し出す
アパートの建物はそのままに、部屋をレンタルスペースとして活用するのも1つの方法です。空き部屋を利用して、民泊などの宿泊スペースとして貸し出す例も増えています。
宿泊用以外にも塾やスタジオ用のスペースとして使うなど、空き部屋の利用方法はさまざまです。机と椅子を用意すれば、会議室などのビジネススペースとしても利用できます。
入居者がいるアパートの空き部屋をレンタルスペースにする場合には、入居者の迷惑にならないよう注意が必要です。騒音や管理規約違反によるトラブルが起こらないよう、用途を考えましょう。
アパート売却の前に正しい知識を身に付けよう
大家として収入を得たり節税に利用したりと、アパートを所有する目的は多岐にわたります。アパートを売却するなら、まずは売却額の相場や市場価値などを把握しましょう。
アパートの不動産価値には、建物自体の価値はもちろん、周辺環境も関係します。築年数の長さや所有期間など、さまざまな条件に合わせて売却のタイミングを見極めることが重要です。
建物の取り壊しや建て直しなど、売却する以外にもアパートを活用する方法はあります。実際にアパート売却に踏み切る前に、税金や費用などに関して必要な知識を深めておきましょう。