「従業員数がまもなく50人を超えるが、具体的に何をすればよいのかわからない」「コストをかけずに法律を遵守する方法はないか」。これは、成長フェーズにある中小企業の総務担当者が直面する切実な悩みです。
労働安全衛生法では、事業場の規模によって義務の内容が明確に線引きされていますが、実務の現場では「義務か否か」以上に、「どうすれば限られた予算と人員で、会社を守る体制を作れるか」が重要です。
本記事では、50人の壁を越える前後に企業がとるべき具体的なアクションと、公的支援(地さんぽ)や紹介サービスを活用して、コストと手間を最小限に抑えるための産業医の探し方を解説します。
中小企業の産業医選任義務とは?50人以上・未満の対応フロー
労働安全衛生法において、産業医の選任義務が発生する境界線は「常時使用する労働者数が50人」です。この「50人」のカウントには、正社員だけでなく、パートやアルバイトも含まれる点に注意が必要です。事業場単位での適用となるため、支店や工場ごとに判断します。
従業員規模ごとの対応義務と推奨アクションは、以下の通り明確に異なります。
50人以上の事業場がやるべきこと(「50人の壁」対策)
従業員数が50人に達した時点で、企業は直ちに法的義務を履行する必要があります。特に重要なのは「スピード」と「継続性」です。
まず、50人を超えた日から14日以内に産業医を選任し、所轄の労働基準監督署へ届け出なければなりません。これに違反した場合、50万円以下の罰金が科される可能性があります。多くの中小企業では、勤務医などを「嘱託産業医」として契約する形態が一般的です。
また、選任と同時に「衛生委員会」を毎月1回開催する義務も発生します。これに加え、年1回の「ストレスチェック」の実施も義務化されています。これらを怠り、万が一従業員が過労やメンタル不調で倒れた場合、企業は安全配慮義務違反として多額の損害賠償請求を受けるリスクがあります。
50人未満の事業場に求められる「努力義務」
50人未満の事業場には、産業医の選任義務はありません。罰則規定も適用されませんが、法律は「医師等による健康管理」を行うことを努力義務として求めています。
具体的には、健康診断の結果に基づき、医師から就業判定(通常勤務が可能かどうかの意見)をもらう必要があります。また、月80時間を超える時間外労働を行った従業員から申し出があった場合の「医師による面接指導」は、50人未満であっても義務となります。
調査結果によれば、50人未満の企業であっても約4社に1社がすでにストレスチェックを実施しており、30〜49人規模の企業では9割以上が何らかの産業保健活動を行っています。2028年には全事業所へのストレスチェック義務化が予定されているため、今のうちから準備を進めることが、将来的な混乱を防ぐ賢明な判断です。コストをかけられない場合は、後述する公的支援(地域産業保健センター)の活用が解決策となります。
産業医がいない・選任しない場合のリスクとデメリット
産業医を選任しないことによるリスクは、以下の法的、経営的、そして実務的な負担の3点に集約されます。
法的リスクとして最も直接的なのは、労働基準監督署からの是正勧告および書類送検の可能性です。選任義務違反には50万円以下の罰金が定められていますが、それ以上に恐ろしいのは、違反事実が公表されることによる社会的信用の失墜です。
経営リスクとしては、メンタルヘルス不調の放置による休職・離職の連鎖が挙げられます。調査結果では、長時間労働が疑われる事業場の4割以上で違法状態が確認されています。適切な管理体制がないまま放置すれば、「ブラック企業」として認知され、深刻な採用難を招きます。
最後に、担当者の負担です。専門家がいない状況では、休職者の対応や主治医との連携といった高度な判断を、専門知識のない総務担当者が一人で抱え込むことになります。これは担当者自身のメンタル不調を引き起こす原因ともなり得ます。
【コスト重視?手間なし?】中小企業が産業医を探す4つの方法と費用相場
中小企業が産業医を探す方法は主に4つあり、それぞれ費用と手間に大きな違いがあります。自社の状況(50人未満か以上か、事務リソースの有無)に合わせて最適なルートを選択してください。
| 方法 | 費用相場(月額) | メリット | デメリット | おすすめの企業 |
| 1. 地域産業保健センター | 無料 | コストゼロ | 利用回数制限あり 選任不可 |
50人未満で まずは相談したい企業 |
| 2. 地域の医師会 | 3〜5万円〜 | 地元の信頼性 | 事務代行なし 医師を選べない |
コストを抑えつつ 近隣で探したい企業 |
| 3. 紹介サービス | 5〜10万円〜 (+紹介料) |
事務負担減 専門医を選べる |
紹介料等のコスト | 50人以上で 事務を丸投げしたい企業 |
| 4. 健診機関 | 要見積もり | 健診とセットで楽 | 名義貸し化のリスク メンタル対応不透明 |
健診手続きと 一本化したい企業 |
1. 地域産業保健センター(地さんぽ)【50人未満向け・無料】
従業員50人未満の事業場にとって最も強力な味方が「地域産業保健センター(地さんぽ)」です。これは労働者健康安全機構が運営する公的機関で、登録された産業医による健康相談や面接指導を無料で利用できます。
特に一部の地域(東京、大阪など)では「小規模事業場産業医活動支援モデル事業」として、職場巡視や就業判定まで無料で支援する枠組みが存在します。ただし、利用回数に制限があり、特定の医師と顧問契約を結んで「選任」することはできません。あくまで「義務化前のスポット利用」として活用するのが最適です。
2. 地域の医師会への依頼【直接契約】
地元の医師会に依頼し、開業医を紹介してもらう方法です。地域医療に精通した医師とつながれる安心感があり、紹介手数料がかからないため、比較的安価(月額3〜5万円程度)で契約できるケースがあります。
一方で、医師を自社で選ぶことは難しく、高齢の医師が紹介されることも少なくありません。メンタルヘルス対応やITツール(チャットやWeb会議)の利用に不慣れな場合もあり、衛生委員会の議事録作成などの事務サポートも期待できない点が課題です。
3. 産業医紹介サービスの利用【マッチング・サポート】
専門のエージェントを通じて産業医を探す方法です。最大の特徴は、自社の課題(メンタル不調が多い、IT系であるなど)にマッチした医師を選べる点と、訪問日程の調整や書類作成などの「事務代行」が受けられる点です。
費用は月額5万円〜10万円程度に加え、紹介料が発生しますが、担当者の工数を大幅に削減できます。50人以上になり法的義務が発生した企業や、実効性のあるメンタルケア体制を構築したい企業にとっては、最も費用対効果の高い選択肢となります。
4. 健康診断実施機関への依頼
定期健康診断を委託している健診機関に、産業医の紹介も依頼する方法です。健診データの管理と産業医業務を一本化できるため、窓口業務が簡素化される利点があります。
しかし、このパターンでは「名義貸し」に近い状態になりやすいというリスクがあります。健診時期以外はほとんど関与しないケースも見受けられ、いざメンタル不調者が出た際に迅速な対応が受けられない可能性があります。実質的なケアを求める場合は、契約内容を慎重に確認する必要があります。
産業医選定時に中小企業が使える助成金制度
産業医の導入コストを抑えるために助成金を検討する企業も多いですが、制度は年々変化しています。かつて一般的だった個別の小規模事業場への直接支給(産業医コース等)は終了し、現在は「団体経由産業保健活動推進助成金」などが主流となっています。これは事業主団体が主体となるもので、個社での申請はできません。
ただし、前述の「地域産業保健センター」の無料支援は引き続き利用可能です。地さんぽの無料枠や、各自治体独自の補助金制度がないかを確認することが、確実なコストダウンにつながります。
中小企業におすすめの産業医紹介サービス4選
50人以上の企業、あるいは50人未満でも質の高いメンタルヘルス対策を求める企業には、事務負担を軽減できる紹介サービスの利用が推奨されます。ここでは特徴の異なる4社を紹介します。
ドクタートラスト
業界最大手の登録医数を誇るドクタートラストは、企業の細かなニーズに合わせたマッチング力に定評があります。特筆すべきは、産業医だけでなく「保健師」によるサポート体制が手厚い点です。
保健師が産業医と企業の間に入り、専門的な見地から健康管理の実務をサポートしてくれるため、知識のない担当者でも安心して運営できます。実績重視で失敗したくない企業や、日々の細かい健康相談業務までアウトソースしたい企業にとって、信頼できるパートナーとなります。
リモート産業保健
株式会社エス・エム・エスが提供するリモート産業保健は、訪問が必要な業務は産業医が、日常的な相談や事務作業は産業看護職がリモートで対応する「2名体制」のサービスです。
この分業モデルにより、月額3万円台(従業員数による)からの低価格を実現しています。特に、衛生委員会の議事録作成や運営支援までパッケージ化されているため、担当者の事務工数を劇的に削減できます。コストを抑えつつ、法対応と実質的なケアの両立を目指す中小企業に最適です。
エムステージ(産業医サポート)
エムステージは、メンタルヘルス対応と休職・復職支援に強みを持つサービスです。全国に拠点を持ち、支店ごとの対応もスムーズに行えます。
独自のストレスチェックサービス「Co-Labo」を提供しており、個人のストレス耐性まで分析可能です。単なる法令遵守にとどまらず、組織全体の健康課題を可視化し、離職防止につなげたい企業に適しています。初期費用が無料の月額プランもあり、導入のハードルが低いのも特徴です。
産業医トータルサポート(エムスリーキャリア)
医療従事者向けポータルサイト「m3.com」の強固な基盤を持つエムスリーキャリアが運営するサービスです。圧倒的な医師データベースを活用し、採用難易度の高いエリアや、特殊な専門性を持つ医師のマッチングを可能にします。
契約前に医師との面談が可能で、相性を確認してから依頼できるため、ミスマッチのリスクを最小限に抑えられます。質の高い医師を適正価格で探したい企業や、特定の専門分野に詳しい医師を求める企業に選ばれています。
失敗しない産業医選びのポイント
産業医選びで後悔しないためには、契約料金だけでなく、以下の3つの視点を持つことが重要です。
- メンタルヘルス対応力と「聴く力」
内科医としての実績よりも重要なのは、従業員の話を傾聴し、企業の事情を理解する柔軟性です。調査結果でも、メンタル不調対応の成否は医師のコミュニケーション能力に依存することが明らかになっています。「正論を押し付ける」のではなく、「解決策を一緒に考える」姿勢を持つ医師を選びましょう。
- ITリテラシーとレスポンス速度
業務効率を考える上で、ChatworkやSlack、ZoomなどのITツールに対応できるかは死活問題です。電話やFAXでしか連絡が取れない医師では、緊急時の対応が遅れるだけでなく、担当者の取次ぎ業務が増大します。
- 相性確認(トライアル面談)
可能であれば、契約前に担当者と医師で面談を行うことを強く推奨します。医師の人柄や話しやすさは、実際に話してみないとわかりません。長く付き合うパートナーだからこそ、スペックだけでなく「相性」を重視してください。
まとめ:自社に合った方法で「意味のある」産業保健体制を

産業医の選任は、単なる法律上の義務(コンプライアンス)ではありません。適切な専門家を迎え入れることは、従業員の離職を防ぎ、組織の生産性を高めるための「投資」となります。
- 従業員50人以上の場合:
リスクヘッジと工数削減の観点から、事務代行機能のある「産業医紹介サービス」の利用がベストプラクティスです。 - 従業員50人未満の場合:
まずは無料の「地域産業保健センター」を活用し、相談実績を作ることから始めましょう。
まずは自社の状況に合わせて、紹介サービスの「無料診断」や見積もりを活用し、必要な要件と相場を確認する第一歩を踏み出してください。






