「相続」は誰しもが経験する可能性のある人生の転機ですが、故人が残した財産に借金が含まれていると、喜びよりも不安が先に立つかもしれません。相続税の負担に加えて借金の弁済義務も負うとなると、一体どうすれば良いのか途方に暮れてしまうでしょう。
そこで本記事では、相続財産に借金がある場合の相続税や、借金の弁済負担を減らす方法などを詳しく解説します。逆に借金をすることで相続税の節税対策を行う方法についても紹介するので、是非ご一読ください。
借金はプラスの相続資産と相殺可能
相続税の計算では、プラスの相続財産から借金などを差し引くことができます。これは、亡くなった方の財産状況を総合的に判断し、公平な課税を実現するための仕組みです。
相続税は、被相続人が残した財産の価値に対して課税されます。しかし、財産にはプラスのもの(預貯金や不動産など)だけでなく、マイナスのもの(借金や葬儀費用など)も含まれるのです。
もしマイナスの財産を考慮せずに課税すれば、相続人は実際の価値よりも高い税金を負担することになり不公平が生じます。これを避けるために「債務控除」という制度が設けられており、プラスの財産からマイナスの財産を差し引いた金額が課税対象となります。
例えば、亡くなった方が1億円の預貯金と5000万円の借金を残した場合、単純に1億円に相続税が課されるわけではありません。5000万円の借金を差し引いた5000万円が課税対象となります。
ただし、すべての借金が債務控除の対象となるわけではありません。相殺できる債務とできない債務について、詳しく紹介します。
プラスの資産と相殺できる債務の種類
プラスの資産と相殺できるのは、被相続人が亡くなった時に抱えていた債務全般となります。具体的な種類は以下のとおりです。
- 金融機関からの借入金(住宅ローン、自動車ローン、カードローンなど)
- 未払いの公共料金(電気料金、ガス料金、水道料金、固定資産税、住民税など)
- 個人間の借金
- 連帯保証債務
ただし、債務控除を受けるためには、債務が被相続人の死亡時に確実に存在していたことを証明する必要があります。契約書や領収書、借用書などを大切に保管しておきましょう。
プラスの資産と相殺できない債務の種類
プラスの資産と相殺できない債務も存在します。例えば、延滞税や加算税です。相続税や所得税などの本来被相続人が支払うべき税金については債務控除できますが、相続人の納付遅延などにより発生した延滞税や加算税は控除できません。
また、保証債務も債務控除の対象とはなりません。保証債務は、被相続人が保証人として負っている債務を指します。
借金の相続があるか確認する方法
被相続人の借金の有無を確認する方法としておすすめなのは、通帳を確認して該当する金融機関で残高証明書を発行してもらうことです。
例えば、被相続人の通帳に心当たりのない金融機関の記載があった場合、その金融機関に残高証明書の発行を依頼することで、借入の有無や残高を確認できます。また、既に把握している借入についても、残高証明書を通じて最新の情報を把握できます。
また、信用情報機関に情報開示請求を行うことで、被相続人の借入状況を確認することも可能です。ただし、開示請求には手数料がかかり、手続きにも時間がかかる場合があります。
借金相続の対処法①単純承認
借金の相続がある場合、「単純承認」「相続放棄」「限定承認」の3つから選択することになります。それぞれどんな場合に適しているのか詳しく紹介します。
まずは単純承認についてです。
- 単純承認とは
- 単純承認を行う場合の手続き
単純承認とは
単純承認とは、被相続人の財産をプラスもマイナスも全てそのまま引き継ぐ相続方法です。被相続人の財産状況が明確で、明らかにプラスの財産が多い場合に有効な手段です。プラスの財産を最大限に受け取ることができ、かつ手続きも比較的簡単に進められます。
例えば、亡くなった父親から預貯金や不動産といったプラスの財産を相続する場合、単純承認を選択すれば全て財産をそのまま自分のものにできます。
単純承認を行う場合の手続き
純承認は、特別な手続きを必要としない相続方法です。
相続人が相続財産の一部を処分したり、使用したりした場合、単純承認の意思表示とみなされます。また、相続開始を知ってから3か月以内に相続放棄や限定承認の手続きを取らなかった場合も、自動的に単純承認となります。
なお、単純承認は一度行ってしまうと、後から相続放棄や限定承認に切り替えることはできないので注意しましょう。
借金相続の対処法②相続放棄
次に、相続放棄について解説します。
- 相続放棄とは
- 相続放棄を行う場合の手続き
相続放棄とは
相続放棄とは、被相続人の財産を一切引き継がない選択肢です。すべての相続を放棄する代わりに、もし被相続人に多額の借金があったとしても背負う必要がなくなります。
例えば、父親が亡くなった際に、多額の借金があることが判明したとします。この場合、相続放棄を選択すれば、父親の借金を支払う義務を負わずに済みます。ただし、父親が残した家や預貯金なども相続できなくなります。
また、相続を行うためには遺産分割協議や名義変更など、多くの時間と費用がかかる場合があります。相続放棄をすることで、相続手続きを省略可能です。
相続放棄を行う場合の手続き
相続放棄は、相続の開始を知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述する必要があります。期限を過ぎてしまうと放棄できなくなるので注意しましょう。
相続放棄を行うには、相続放棄の申述書が必要です。申述書には放棄する相続財産の範囲や、相続人全員の同意があるかなどを記載します。書式や記入方法は裁判所のホームページに記載されていますので参考にしてください。
また、申述書以外にも、相続人や被相続人の戸籍謄本、相続人全員の印鑑証明書、800円分の収入印紙、返信用封筒などが必要です。
必要書類が揃ったら、家庭裁判所に提出して申述を行います。提出方法は窓口への持参はもちろん、郵送でも可能です。
借金相続の対処法③限定承認
最後に、限定承認について解説します。
- 限定承認とは
- 限定承認を行う場合の手続き
限定承認とは
限定承認とは、相続においてプラスの財産と借金を相続する際、プラスの財産の範囲内で借金を返済すればよいという制度です。
相続では、プラスの財産だけでなく借金などのマイナスの財産も引き継ぐことになります。しかし、マイナスの財産がプラスの財産を上回る場合、相続人は自身の財産から借金を返済しなければなりません。このような事態を回避するための制度が限定承認です。
例えば、1000万円の預貯金と1500万円の借金を相続した場合、限定承認を選択すれば預貯金の1000万円を上限として借金を弁済します。残りの500万円の借金については、相続人は返済義務を負いません。
限定承認は、相続人が被相続人の財産状況を把握していない場合や、マイナスの財産がプラスの財産を上回る可能性がある場合に有効な手段です。ただし、他の方法と比較して手続きに時間や手間がかかります。
限定承認を行う場合の手続き
限定承認を行うには、まず相続人になったことを知った日から3か月以内に家庭裁判所へ申立をする必要があります。期限内に手続きを行わないと、自動的に単純承認とみなされてしまうため注意しましょう。
限定承認の手順として、まず相続人であることを証明する戸籍謄本や、被相続人の財産状況を把握するための資料などを準備します。特に相続人が複数いる場合には全員の同意を得ることが必要となるため、事前に十分な話し合いを行いましょう。
必要な書類が揃ったら、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申立書を提出します。申立書には限定承認の意思表示や、相続人全員の署名・捺印が必要です。詳しくは裁判所のホームページで確認できます。
申立内容に問題がなければ申立受理の審判が行われ、審判が確定すると限定承認が認められたことになります。その後は相続財産の調査や債権者への通知、財産の清算など複雑な手続きが必要となるため、弁護士や司法書士などの専門家への相談も検討しましょう。
借金で相続税を節税する方法
ここまで相続時に借金があった場合の対処法について解説しましたが、実は借金を活用して相続税を節税する方法もあります。それが以下の3つです。
- 相続税評価額が時価よりも低くなる資産を購入する
- 賃貸物件を建てる
- 生命保険を購入する
借金しただけでは節税にならない
残念ながら、ただ借金をしただけでは相続税の節税にはなりません。
相続税は、故人が残した財産から借金などの債務を差し引いた正味財産にかかる税金です。つまり、借金が増えても、それと同時に財産が目減りしない限り、相続税の計算上はプラスマイナスゼロになってしまうのです。
借金を利用した相続税対策は、単に借金をするのではなく、そのお金をどのように活用するかが重要です。次章から具体的な方法を解説していきます。
相続税評価額が時価よりも低くなる資産を購入する
相続税の節税において、借金を利用して時価よりも相続税評価額が低くなる資産を購入することは非常に有効です。相続税は資産の時価ではなく、相続税法で定められた評価額に基づいて計算されます。この評価額と時価の差を利用することで、節税効果を最大化できます。
具体的には、不動産の購入です。不動産は相続税評価額が購入額の約7割に設定されています。1億円の借入金で建物を購入すると、相続財産としては7,000万円と評価されます。つまり、3,000万円分の相続財産を圧縮できたことになります。
一方で、借入金は相続時に債務として計上されるため、1億円の借入金があれば相続財産から1億円が控除されます。結果として、相続財産は7,000万円の建物から1億円を差し引いたマイナス3,000万円となり、相続税は発生しません。
さらに、不動産の相続には相続税評価額を最大80%も減額できる「小規模宅地等の特例」という制度があります。借入金で購入した不動産がこの特例の適用を受ければ、節税効果はさらに高まります。
賃貸物件を建てる
所有している土地に借金をして賃貸物件を建てることで、相続税の節税対策が可能です。
まず、賃貸物件を建てることで土地の評価方法が「更地」から「貸家建付地」へと変わります。貸家建付地は更地に比べて評価額が低くなる傾向があり、これにより相続税の節税効果が期待できます。
また、借入をして建設費用を捻出することで、相続財産全体の評価額を圧縮できます。借入金は債務として相続財産から控除されるため、結果的に相続税の課税対象となる財産が減少するのです。
例えば、評価額1億円の土地を所有している場合、更地のまま相続すると多額の相続税が発生するでしょう。しかし、この土地に1億円の借入をして賃貸物件を建設すると、貸家建付地として扱われ評価額が減少します。
さらに、2億円の債務が控除されるため、相続財産全体の評価額は大幅に減少します。加えて、家賃収入を得ることで、借入金の返済を進めながら将来に向けた資産形成も実現可能です。
生命保険を購入する
借金をして生命保険を購入する方法でも相続税の節税対策ができます。これは、生命保険の死亡保険金には一定額まで相続税が非課税になるという規定があるためです。「500万円 × 法定相続人の数」までの死亡保険金については、相続税がかかりません。
法定相続人が3人の場合、1,500万円(500万円×3人)までの死亡保険金は非課税となります。もし、借入金で購入した生命保険の死亡保険金が1,500万円だった場合、この保険金は全額非課税となり、相続税の負担を大きく減らすことができます。
借金での相続税対策ができないケース
先ほど借金を活用した相続税対策について解説しました。しかし、場合によってはかえって財産を減らしてしまう場合もあります。特に注意すべきなのが以下のケースです。
- 購入した不動産の収益性が低い場合
- 借金の返済が完了している場合
- 生命保険の受取人が法定相続人以外の場合
購入した不動産の収益性が低い場合
借金をして不動産を購入する相続税対策は、一見有効な手段に思えます。しかし、その不動産の収益性が低い場合は、期待した節税効果が得られないばかりか、かえって財産を目減りさせてしまうリスクがあります。
不動産投資では、家賃収入などの収益からローンの返済や管理費などの費用を差し引いた金額が利益となります。収益性が低いということは利益が少なく、場合によっては赤字になることも考えられます。
赤字の状態が続けばローンの返済が滞り、最悪の場合不動産を手放さなければならなくなるかもしれません。そうなれば、相続税対策のために購入した不動産が、かえって財産を減らす結果になってしまうのです。
借金の返済が完了している場合
相続発生前に借金をすべて返済してしまうと、相続税対策としての効果は期待できません。
相続税は、被相続人が亡くなった時の財産総額から各種控除を差し引いた課税価格に対して課税されます。借入金がある場合は財産総額から控除できるため、結果的に相続税が軽減される可能性があります。
しかし、相続発生前に借金を完済してしまうと控除が適用されず、相続税の負担が増加してしまうのです。
例えば、父親が自宅購入のために住宅ローンを組んでいたとします。父親が亡くなる前に住宅ローンを完済してしまうと、自宅という資産のみが残ることになります。もし住宅ローンが残っていれば相続財産から控除できるため、相続税の負担を軽減できたかもしれません。
生命保険の受取人が法定相続人以外の場合
生命保険の受取人を法定相続人以外に指定すると、借金による相続税対策として利用できない場合があります。
先述のとおり、生命保険の死亡保険金には「500万円×法定相続人の数」の非課税枠が適用されます。しかし、受取人が法定相続人以外の場合、この非課税枠は適用されず、相続税の課税対象となってしまうのです。
例えば、亡くなった被相続人が死亡保険金の受取人を内縁の配偶者にしていたとします。この場合、内縁の配偶者は法定相続人に該当しないため、受け取った死亡保険金には非課税枠が適用されず、相続税の課税対象となってしまいます。
借金を上手く使って相続税対策をしよう
本記事では、借金がある場合の相続税や対策方法について解説しました。相続税の計算では、プラスの相続財産から借金などを差し引くことができます。
借金がある場合は、単純承認、相続放棄、限定承認のいずれかの方法で対処します。単純承認はプラスもマイナスも全てそのまま引き継ぐ方法、相続放棄は相続財産を一切引き継がない方法、限定承認はプラスの財産の範囲内で借金を弁済する方法です。
また、借金を利用した相続税対策を行うことも可能です。ただし借金と相続税の関係は複雑なので、専門家である税理士に相談するといいでしょう。
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