不動産を個人売買すると仲介手数料がかからない、既存の商ルールにとらわれずに取引ができるといったメリットがあります。特に仲介手数料がかからないというのは、取引額が大きくなりがちな不動産の取引においてかなり魅力的に映るでしょう。
しかし正しい知識がないまま不動産の個人売買をすると大きなリスクを伴います。不動産を個人売買するときのメリットや注意点をご紹介します。
監修者
髙杉義征(セカイエ株式会社元執行役員/宅地建物取引士)
株式会社日京ホールディングスの元取締役、セカイエ株式会社の元執行役員を経て、現在は株式会社ミツモアの事業部長として全体を統括。一貫して不動産業界に携わり、不動産仲介会社、不動産管理会社、不動産テック企業での経験を有する。不動産売却希望者と不動産会社をマッチングするサービスでは、執行役員として事業立ち上げからグロースまでを担当。また、不動産関連のセミナーやライブ配信にも登壇している。
不動産の個人売買が難しい理由とは
不動産の売買をするときは不動産会社に仲介してもらうことが一般的です。確かに事業として不動産取引を行うには宅地建物取引業の資格が必要ですが、個人間で不動産の売買をするのであれば資格は必要ありません。
ただし不動産の個人売買が広く行われないことには理由があります。
法律的には可能だが手続き上のハードルが高い
不動産の個人売買は法律的にはまったく問題のない、通常の商取引といえます。にも拘わらず不動産の個人売買がメジャーな選択肢ではない理由には、手続き上のハードルが高いことが挙げられます。
不動産会社が仲介している場合、契約に関する書類の作成や各種手続きは不動産会社が代行してくれるケースが多いです。不動産取引に関する知識も豊富なため、書類の不備で取引が止まってしまうこともめったにありません。
個人売買では書類作成や手続きはすべて自分たちで行います。不動産取引に関する知識が全くない状態で行うのは思わぬトラブルの原因にもなります。ある程度の不動産取引に関する知識が必要なので、不動産売買において個人間売買はメジャーな選択肢ではありません。
不動産の個人売買ができる人の例
不動産の個人売買ができるのは、取引の相手が親族や古くからの知人などよく見知った間柄である場合がほとんどです。
知り合いであれば売買に関する合意形成もしやすいため、あえて仲介業者を挟む必要性がないという理由もあります。
不動産の個人売買と仲介による売買の違い
不動産の個人売買と仲介取引にはいくつかの違いがあります。代表的なものを5つご紹介します。
① 仲介手数料が不要
不動産を個人間で売買するのであれば、仲介業者がいないので当然仲介手数料も発生しません。不動産売買において仲介手数料は大きなウエイトを占めるものなので、その手数料分が浮くことは大きなメリットと言えるでしょう。
不動産の個人売買は仲介による取引と比べると金銭的なメリットが大きいのが特徴です。
仲介手数料の上限は法律で決まっているので、本来ならばその上限以下の金額で手数料が発生するはずですが、慣習的に上限金額を請求されるケースが多いです。
売却金額 | 仲介手数料上限の速算式 |
---|---|
200万円以下 | 売却価格 × 5%+消費税 |
200万円を超え400万円以下 | (売却価格 × 4% +20,000円)+消費税 |
400万円を超える | (売却価格 ×3% +60,000円)+消費税 |
たとえば1000万円の不動産を売却した場合の仲介手数料は以下のように求められます。
② 既存の商ルールにとらわれない取引ができる
民法では契約の締結や内容について、法令で定められている場合を除いて原則自由に決定できると定めています。そのため売主と買主、双方の合意があれば既存の商ルールや慣習に囚われない自由な契約を結べます。
必要に応じて様々な要件や免責事項を盛り込めるのは個人売買の大きなメリットと言えるでしょう。
③ 買主側の住宅ローンが通りづらい
不動産の個人売買では買主側の住宅ローンが通りづらい傾向があります。個人売買をするのは親族間であることが多いため、融資をする金融機関側からすると、取引の正当性やローンを住宅購入以外の目的に流用されてしまうのではないかなどの懸念があります。
親族間以外での取引でも注意が必要です。
不動産の個人売買では「重要事項説明書」を取り交わすことができません。代わりに「不動産物件内容表示書類」を利用しますが、宅地建物取引士が作成したものではないので信頼性は下がってしまいます。
したがって金融機関は詳細不明の不動産に融資をすることになります。そのためリスクが大きいと判断されてしまうので融資を断られる確率が高くなります。
④ 書類作成などに時間と手間がかかる
不動産を個人で売買するときは売買に関する必要書類などをすべて自分たちで用意しなければなりません。一部を弁護士や司法書士に依頼することも可能ですが、最低限の知識がなければどの書類を誰が作成してくれるのか、外注できるかの判断をつけられません。
不動産売買の書類作成は売主が行うことが多いです。作成しなければならないのは以下の2つです。
- 不動産売買契約書
- 不動産物件内容表示書類
この2つの書類には記載するべき情報も多く、専門知識のない人が作成するハードルはとても高いでしょう。
「不動産物件内容表示書類」とは「重要事項説明書」に代わる重要な書類です。これに不備があると大きなトラブルの原因になる可能性があります。
不動産物件内容表示書類は価格、敷地面積、物件の築年数、周辺の公共交通機関・設備など不動産に関する詳細情報を網羅している必要があります。
⑤ トラブルに発展しやすく解決が難しい
不動産の個人売買は親族や元からの知人・友人など、一定以上の関係がある人と行うことがほとんどです。契約条件などについて話しやすい一方で、知り合いだからと口約束をしてしまったり、情に訴えられかけつい値引きをしてしまったりと、知り合いだからこそ発生するトラブルもあります。
イレギュラーな事態が起こったときの対応に限界があるのもトラブルの原因になるでしょう。
トラブルを防止するためには、売買したい不動産をきちんと調査してなんらかの瑕疵がないかを把握しておくことが重要です。
不動産売買におけるトラブルを回避したいのであれば、不動産業者に仲介してもらった方が安心です。
不動産の個人売買に必要な書類と費用の目安
不動産売買で必要になる書類と費用の目安を確認しましょう。特に必要な経費の目安が分かれば、資金繰りの計画もしやすくなります。
必要な書類
不動産の個人売買をするときに用意する書類は大きく2つに分けられます。不動産の詳細を確認する書類と売買契約に必要な書類です。
まずは不動産の詳細を確認するために必要な書類を確認しましょう。
- 登記事項証明書(登記簿謄本)
- 固定資産税評価額証明書
- 公図
- 物件の概要が分かる書類
物件の概要が分かる書類は、購入時の売買契約書やパンフレット、間取り図などを指します。
次に売買契約に必要な書類を確認しましょう。
- 不動産売買契約書
- 権利証もしくは登記識別情報
- 不動産物件内容表示書類
- 建築確認通知書
- 固定資産税納付書
- 本人確認書類(顔写真付き身分証明書)
- 領収書
- 実印・印鑑証明書
不動産物件内容表示書類とは、不動産業者に仲介してもらうときの「重要事項説明書」にあたる書類です。物件の価格や築年数、最寄り駅といった情報のほか、瑕疵や注意すべき点などを詳細に記載してあります。
かかる費用の目安
不動産の個人売買をするときに必ず必要になるのは、登録免許税と印紙税、役所で発行する書類の発行手数料です。
登録免許税の一部と印紙税は特定の年度まで軽減税率が適用されています。
登録免許税がかかる登記手続きは抵当権抹消登記と変更登記です。抵当権抹消登記は不動産1件につき1,000円が課税されます。住宅の場合は土地と建物それぞれに課税されるので、課税額の合計は2,000円です。
変更登記の本則税率と軽減税率は以下の通りです。
登記内容 | 本則税率 | 軽減税率 |
---|---|---|
土地の所有権の移転登記(売買) | 1000分の20(2.0%) | 1000分の15(1.5%) |
建物の所有権の移転(売買または競売) | 1000分の20(2.0%) | – |
住宅用家屋の所有権の移転登記 | 1000分の20(2.0%) | 1000分の3(0.3%) |
軽減税率の対象になるには対象の不動産を取得し条件を満たすことが必要です。
住宅用家屋の所有権の移転登記:2024(令和6)年3月31日までに住宅用家屋を取得し、取得から1年以内に登記を受ける。
印紙税は取引金額によって納めるべき額が変わります。不動産の取引で多い金額帯の印紙税を表にまとめました。印紙税の軽減措置の対象となるのは、記載金額が10万円を超え、2014(平成26)年4月1日~2027(令和9年)年3月31日までの間に作成される不動産売買契約書です。
契約書の記載金額 | 本則税率 | 軽減税率 |
---|---|---|
100万円を超え500万円以下 | 2,000円 | 1,000円 |
500万円を超え1000万円以下 | 10,000円 | 5,000円 |
1000万円を超え5000万円以下 | 20,000円 | 10,000円 |
5000万円を超え1億円以下 | 60,000円 | 30,000円 |
1億円を超え5億円以下 | 100,000円 | 60,000円 |
不動産の個人売買の流れ
不動産の個人売買をスムーズに進めるためには流れを知っておくことが大切です。
一般的には以下のような流れで取引を進めていきます。
① 不動産の売却相場と権利関係をチェックする
不動産の個人売買を検討しはじめたら、はじめに売却相場をチェックしましょう。近隣の不動産がいくらで売れているか相場観が分からないと、適正な価格で売り出せません。
相場の確認と並列して、売却したい不動産の権利関係も確認しましょう。
所有権を有していない不動産は売却できません。注意が必要なのが相続によって取得した不動産を売却するときです。
たとえば亡くなった親の不動産を売却する場合、相続はしたものの所有者移転登記を行っておらず所有権が故人のままというケースがまれにあります。
売却の手続きを始めるまえに権利関係を明らかにすることで、後々トラブルが発生することを防げます。
② 必要な書類を用意する
不動産売買では必要な書類が数多くあるので計画的に用意をしましょう。役所で書類を発行してもらうときは発行手数料にも注意してください。現金のみの受付であることが多く、つり銭の準備が十分であるとも限りません。100円や500円硬貨を複数枚用意していくことをおすすめします。
登記事項証明書や公図は法務局で、固定資産税評価額証明書は不動産のある市町村役場で取得してください。
物件概要の分かる書類や、登記識別情報・建築確認通知書は自宅に保管してあるものを用意します。さらに固定資産税の日割り計算を行い、売却後の期間分を買主が負担する場合には固定資産税納付書も必要になります。
不動産売買契約書は合意した条件を盛り込んだ内容で作成します。重要事項説明書の代わりとなる不動産物件内容表示書類も作成しましょう。決まった形式はありませんが、重要事項説明書を参考にして情報の不備がないように作成するのがおすすめです。
③ 売り出し価格を決める
売却相場を参考に売り出し価格を決めましょう。
面識のない相手との売買を考えているのであれば、値下げ交渉を受けることも考えてゆとりをもった価格で売り出すようにしましょう。
親族や元からの知人との売買であれば必ずしも値下げ交渉が発生するわけではないので、ゆとりを持たせずに価格を設定しても問題ありません。
④ 問い合わせや現地での対応をする
売却活動をスタートさせたら、不動産に対する問い合わせや現地での内覧対応などを行いましょう。
特に住居を購入する場合、買主は不動産の状態だけでなく売主の対応や印象も購入の判断材料にしていることが多いです。せっかく良い物件を売り出しているにも関わらず、対応に不備があって売り時を逃してしまうのはもったいないことです。
丁寧な対応を心がけることはもちろんのこと、物件の内覧時に悪印象を抱かせないよう汚れが目につきやすい水回り等のクリーニングを依頼するなどの工夫をしましょう。
⑤ 買主と価格交渉や引き渡しの条件を決める
購入希望者が現れたら、価格交渉や引き渡しの条件を決めましょう。双方同意のうえで納得のいく条件で契約できるよう、どうしても譲れないポイント以外は柔軟な考えで臨むことが大切です。
決めるべき条件は以下の通りです。
- 売却価格
- 手付金の有無・金額
- 契約日
- 引き渡し日
⑥ 売買契約を取り交わす
売買契約について了承が得られたら、契約日に売買契約を締結します。取引の相手が親族や知人などの場合は売買契約書を作成しないこともあります。
法律上では書面がない口約束であっても契約は成立します。しかし口約束での取引は互いの認識の違いに気づきにくく、トラブルが発生しやすいです。そのためたとえよく知った相手と不動産の個人売買を行うとしても、必ず売買契約書を作成することをおすすめします。
⑦ 不動産を引き渡す
引き渡し日になったら不動産を引き渡し、不動産の個人売買が完了します。
引き渡し後に欠陥が見つかったなどの連絡を受けたら、必要に応じてアフターフォローを行いましょう。
このとき注意が必要なのが、建物の雨漏りやシロアリ被害、土地の境界が不明確であることによって発生したトラブルに関しては「契約不適合責任」を問われる可能性がある点です。
瑕疵は不動産物件内容表示書類に明示し、口頭でも説明するようにしましょう。契約不適合責任(瑕疵担保責任)の免責事項を売買契約書に盛り込むことも重要です。
不動産の個人売買でのトラブルを回避する5つのポイント
不動産を個人売買するときは親族や友人・知人など見知った相手との取引であることが多いです。知り合い同士の取引であれば意思疎通もしやすいのでトラブルが発生しないのではと思う人もいますが、反対に見知った相手だからこそ厄介なトラブルに発展し、解決までに時間を要することもあります。
不動産の個人売買でのトラブルを回避するには5つのポイントがあります。
売却相場を調べてから売り出す
不動産の個人売買において、売却相場を確認せずに適当な価格で売り出してしまうといくつかの不利益が生じます。
状況 | 発生する不利益 |
---|---|
相場よりも安く売却 | 売主、買主双方に課税される |
相場よりも高く売却 | 売主に所得税・贈与税が課税される |
相場から極端に離れた価格で売却すると、税金対策のために売買したのではないかと疑われる原因になります。
相場より安く売買すると売主に所得税、買主には贈与税がかかります。
反対に相場より高く売買すると売主に所得税と贈与税が課税されるので、税負担が重くなるでしょう。
たとえ知り合い同士での個人売買であったとしても必ず売却相場を調べてから売り出し価格を設定しましょう。
希望条件等は必ず明文化する
取引の相手が親族など元からの知り合いであると起こりやすいのが、「言わなくてもわかっているだろう」と思い込むことによるトラブルです。
口約束でも契約が成立しますが、トラブル防止のためにも希望条件は売主と買主ともに明文化することを忘れないようにしましょう。
不動産の個人売買では物件の瑕疵の認識相違、設備の取り扱い、土地の境界線があいまいなど、多くのトラブルが発生するリスクがあります。これらを避けるため、支払条件や引渡し時期などの希望条件を明文化することが非常に重要です。
売買契約書を必ず作成する
法律上は契約書を発行しない口約束であっても契約が認められます。
民法第522条第2項には「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」と記載されています。
元から知っている人と個人売買で取引をするときは、重要なことも口約束で済ませてしまいそうになるかもしれません。しかしそれでは後々大きなトラブルに発展する可能性があります。
必ず売買契約書を作成し、双方の同意で決定した事柄を漏れなく記載するようにしましょう。
契約不適合責任(瑕疵担保責任)について認識の相違をなくす
不動産取引で注意が必要なのが「契約不適合責任」です。2020年4月の民法改正以前は「瑕疵担保責任」と呼ばれていたので、後者の方が聞きなじみがあるという人も少なくないでしょう。
契約不適合責任(瑕疵担保責任)とは、購入時に買主が知らなかった瑕疵(欠陥)について売主が背負うべき責任を持つ期間や範囲について定めたものです。
契約不適合責任の対象となる範囲は大きく分けると以下の4つです。
- 法律的瑕疵
- 物理的瑕疵
- 環境的瑕疵
- 心理的瑕疵
契約不適合責任が発覚した場合、事前説明の状態に近づける「追完請求」や瑕疵の分値下げをする「代金減額請求」のほか、契約不適合の不動産を売却したことに対する「損害賠償請求・契約解除」が行われる可能性があります。
このような事態を避けるには、瑕疵を漏れなく記載した不動産物件内容表示書類の作成が必須です。さらに売買契約書に免責事項を明記しましょう。
当事者同士で解決できないトラブルはプロの手を借りる
トラブルが起こらないよう注意を払っていても、ちょっとしたきっかけや行き違いが原因で大きなトラブルになることもあり得ます。
当事者同士で話し合いができないほど複雑な問題に発展してしまったら、迷わずプロに相談をしましょう。
相談先は不動産業者や弁護士などが挙げられます。法的措置に関する段階まで発展しているのであれば弁護士に相談し、条件面などでこじれている場合は不動産業者に相談し、必要であれば仲介に入ってもらうとトラブルの解決に近づきます。
不動産売却を考えているならプロに相談しよう
不動産の個人売買は法律上問題のない商取引の一形態です。しかし手続きの煩雑さや必要とされる知識の専門性、トラブルになってしまった際のリカバリーの難易度などから、知識がない人が行うのはリスクが高いといえます。
トラブルなくスムーズに取引を終えるためには不動産業者に仲介してもらうのが最も良いです。不動産業者は不動産取引のプロなので、契約に関する各種手続きもスムーズに進められます。
まずは複数社から売却したい不動産の査定を受けて、そこから依頼する業者を絞り込みましょう。自分が売りたい不動産の特性にあった強みを持つ業者と媒介契約を結ぶことで、高額売却できるチャンスも増えます。