「その投資で、具体的にいくら儲かるのか?」


全社的な業務効率化プロジェクトを推進する中で、経営陣からこう問われ、言葉に詰まった経験はありませんか。現場からは「基幹システムが古い」「自動化したい」と声が上がる。しかし、その効果を「残業が減る」「ミスが減る」といった定性的な言葉でしか説明できず、予算獲得の稟議書を前に頭を抱えている。これは、あなただけの悩みではありません。
実際、中小企業の50.0%がDX推進の課題として「費用対効果を測ることが難しい」と回答しており、これは「導入コストの負担」(56.2%)に匹敵する最大の障壁となっています(※)。
本記事は、まさにこの「効果測定の壁」を突破するための実践的ガイドブックです。単なるROIの定義解説に留まらず、中堅企業の経営企画・DX担当者が直面する最大の難関——「時間短縮」や「ミス削減」といった”見えない効果”を、経営陣が納得する「金額」に換算する具体的な計算ロジック——を徹底的に解説します。
業務改善ROIの計算3ステップと成功の鍵

業務改善プロジェクトの投資対効果を正確に算出するプロセスは複雑に見えますが、本質は3つのシンプルなステップに集約されます。
業務改善のROI計算式
まず、実務で用いるべきROI(投資利益率)の計算式を確認します。クラウドサービスのように年間コストが発生する場合、以下の式が最も実態に即しています。
※より単純化し、単年度のROIを測る場合は「運用年数」を1とします。
ROI算出の「3ステップ」概要
この計算式を導き出すための手順が、以下の3ステップです。
- Step 1. 投資額(コスト)を漏れなく洗い出す(初期費用+運用費用)
- Step 2. 業務改善の「利益(効果)」を金額換算する (←本記事の最重要ポイント)
- Step 3. ROIの計算と評価(投資回収期間も併記する)
計算成功の鍵:「見えない効果」の金額換算
多くの担当者がつまずくのは、Step 1「投資額」の算出ではありません。最大の難関は、Step 2の「利益(効果)」、特に「作業時間の短縮」「ミスの削減」「従業員満足度の向上」といった定性的な効果を、経営陣が納得する「金額(利益)」として算出するロジックを構築する点にあります。
この記事では、この「見えない効果の金額換算」を、誰でも実践できるよう徹底的に掘り下げます。
Step 1. 投資額(コスト)を漏れなく洗い出す
ROI計算の第一歩は、プロジェクトに必要な総コストを正確に把握することです。見積もりの甘さは、稟議の差し戻しやプロジェクトの失敗に直結します。投資額は「初期投資額」と「運用・保守費用」に大別し、さらに「見落としがちなコスト」も加味する必要があります。
① 初期投資額(イニシャルコスト)
プロジェクト開始時に一度だけ発生する費用です。
- システム・ツール導入費: ライセンス購入費、初期構築費。RPA(デスクトップ型)なら数十万円から、基幹システム刷新(中堅企業向け)なら500万円~3,000万円以上が目安です。
- 外部コンサルティング費用: 業務フローの見直し(BPR)などを外部委託する場合。プロジェクト単位で数百万円から数千万円規模になることもあります。
- ハードウェア購入費: 新たなサーバーやPC端末が必要な場合に計上します。
- プロジェクト関連人件費: データ移行や要件定義に関わる社内メンバーの工数(工数 × 担当者の時間単価)も、厳密にはコストです。
② 運用・保守費用(ランニングコスト)
導入後、継続的に発生する費用です。
- システム利用料・保守費: クラウド型RPAの月額利用料(数万円~)や、基幹システムの年間保守サポート費用(オンプレミス導入費用の約15%前後が相場)などです。
- 運用担当者の人件費: システムのメンテナンスやRPAシナリオの修正など、運用に必要な社内工数です。
③ 【注意点】投資額の「よくある見積もり漏れ」3選
稟議通過後に発覚しがちな「隠れコスト」です。これらを見落とすと、ROIは容易に悪化します。
- 現場担当者の「教育・研修コスト」: 新システムの操作研修にかかる講師費用や、担当者が研修に参加する時間(人件費)です。
- 「学習時間」による一時的な生産性低下: 導入直後は、現場が新オペレーションに習熟するまで一時的に効率が落ちます。この「学習による機会損失」もコストとして考慮すべきです。
- データ移行・旧システム廃棄コスト: 旧システムから新システムへデータを移す作業工数や、古いサーバーの物理的な廃棄費用も忘れてはなりません。
Step 2. 業務改善の「利益(効果)」を金額換算する
ここが本記事の核心です。投資額(分母)を確定させたら、次は利益(分子)を算出します。利益は「直接的な利益」と「間接的な利益」の2種類に分けて計算することで、網羅的かつ説得力のある数字を導き出せます。
A. 直接的な利益(コスト削減・売上増)の計算
これらは比較的算出しやすい、明確な金額的効果です。
- コスト削減(守りの効果)
- 既存コストの削減: 旧システムの保守運用費(年間数百万円)がゼロになる、ペーパーレス化による印刷・郵送費(年間実績から算出)が削減される、などです。
- 外注費の削減: これまで外部に委託していた業務(例:データ入力)をRPAで内製化することによる削減額。
- 売上増加(攻めの効果)
- 生産・処理能力の向上: 製造ラインのBPRにより生産性が40%向上、あるいは不良品率が60%減少した場合、その増加分(増加ユニット数 × 粗利単価)が利益となります。
- 機会損失の低減: 基幹システムの刷新でリアルタイムな在庫管理が可能になり、欠品による販売機会の損失を防ぐ。
B. 間接的な利益(定性効果)の計算ロジック
「時間短縮」や「ミス削減」といった、金額として見えにくい効果を定量化するロジックです。ここでの計算根拠の明確さが、稟議の承認を左右します。
手法1:時間短縮(工数削減)を人件費に換算する
最も多用されるロジックです。日清食品が年間8,000時間の削減を見込む(※)など、効果は絶大です。
〈計算ロジック〉
年間削減利益 = 削減時間(分/日) × 該当人数 ×(時間単価 ÷ 60)× 年間営業日数
- 実務ポイント:「時間単価」の設定経営陣を説得する鍵は「時間単価」の根拠です。以下のいずれかを選択し、計算根拠を明記します。
- 平均残業代単価: 「この業務は主 残業時間で行われている」という実態がある場合、最も説得力を持ちます。(例:月給30万円、所定労働160hの場合、残業単価 ≒ 2,344円)
- 該当業務担当者の平均時給: 該当部門の平均給与から算出します。
- 全社平均時給: 全社の平均値を用います。
手法2:ヒューマンエラー(ミス)削減を損失回避額に換算する
手作業によるミスは、その手戻り(リカバリー)に膨大なコストを費やしています。RPA導入で入金処理ミスを撲滅したKDDIの事例(※)のように、効果は明確です。
〈計算ロジック〉
年間削減利益 =(削減される月間ミス件数 × 12ヶ月) × [(1回の手戻り工数(分) × 時間単価) + (ミスによる実損額)]
- 実務ポイント:「手戻り工数」の算出「受発注ミス」を例にとると、ミス発覚(営業)、経理システム修正(経理)、再出荷作業(現場)など、複数の部門にまたがる手戻り工数を合計することが重要です。
手法3:離職率低下を採用・教育コスト削減額に換算する
「従業員満足度の向上」や「ストレス軽減」といった効果は、最終的に「離職率の低下」として現れます。これは採用・教育コストの削減額として試算可能です。
〈計算ロジック〉
年間削減利益 =(改善による想定離職率低下(%)) ×(該当部門の従業員数) × (1人あたり採用・教育コストの実績値)
- 実務ポイント:根拠の提示「なぜ離職率が低下するか」の根拠として、従業員満足度サーベイの改善見込みや、特定の退職理由(例:「単純作業の多さ」「残業時間の長さ」)が解消されることをセットで説明します。
Step 3. ROIの計算と評価
投資額(Step 1)と利益(Step 2)が算出できたら、いよいよ最終ステップです。ここで重要なのは、算出したROIの数値を「どう解釈し、どう説明するか」です。
ROIの計算(マイナスの場合の解釈)
Step 1, 2の数値を、ROI計算式に当てはめます。
ここで、初年度(運用年数=1年)のROIがマイナスになることを恐れてはいけません。例えば、初期投資が大きく、効果発現に時間がかかる基幹システム刷新などでは、単年ROIがマイナスになるのは当然です。
重要なのは、そのマイナスが「単年では投資を回収できない」という事実を示すだけであり、プロジェクトの価値を否定するものではない、と理解することです。そのために必須となるのが、次の指標です。
必須:投資回収期間(Payback Period)の計算
ROIがマイナスとなった場合、あるいは高額投資の場合、経営陣が最も気にするのは「その投資を何年で回収できるのか?」です。これが投資回収期間(Payback Period)です。
〈計算ロジック〉
投資回収期間(年) = 初期投資額 ÷ (年間利益 − 年間運用コスト)
〈例〉
- 初期投資額:2,000万円
- 年間利益(Step 2合計):800万円
- 年間運用コスト:100万円
- → 投資回収期間 = 2,000万円 ÷ (800万円 – 100万円) = 2.85年
実際、成功したIT投資の多くが18ヶ月から24ヶ月(1.5〜2年)で初期投資を回収しているというデータもあり、この期間は経営判断において非常に魅力的な数字です。
経営会議でROIをどう説明するか
稟議書や経営会議では、数字の羅列ではなく「ストーリー」で説明します。
計算の前提(何を利益としたか)を明示する
「今回の試算における『利益』とは、単なるコスト削減だけでなく、〇〇業務の工数削減(年間XXX時間=YYY万円相当)と、△△ミスの削減(年間ZZZ万円相当の損失回避)を含んでいます」と、間接的利益の計算根拠を明確に伝えます。
「2025年の崖」のリスクを提示する
特に基幹システム刷新の場合、「何もしないことのコスト(Cost of Inaction)」を強調します。経済産業省は、老朽化したレガシーシステムを放置した場合、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性を指摘しています。
日本企業の約8割が老朽システムを抱えているという事実も踏まえ、「今回の投資は、単なる効率化ではなく、『2025年の崖』を回避し、事業継続性を担保するための戦略的リスク対策である」と位置づけます。
ROIと投資回収期間をセットで説明する
最も強力な説明は、これらを組み合わせた以下のセリフです。
〈説明例〉
「本プロジェクトの初年度ROIは、初期投資が大きいため-XX%となります。
しかし、試算では2.85年(約2年10ヶ月)で初期投資の全額を回収可能です。
それ以降は、年間700万円の純利益を継続的に生み出し、同時に『2025年の崖』という深刻な経営リスクを回避することができます。さらに、中小企業経営強化税制を活用することで、初年度の税負担を大幅に軽減できます。」
業務改善ROIの計算シミュレーション
あなたの状況に近いROI計算をイメージできるよう、中堅製造業(従業員500名)をモデルとした3つの類型別シミュレーションを紹介します。
事例1:バックオフィス(経理)へのRPA導入
経理部門の請求書処理(月間500件)をRPAで自動化するケース。
| 項目 | 詳細 | 金額 |
| 投資額(年間) | 初期投資額 (ライセンス初期費 + シナリオ開発費) | 800,000円 |
| 年間運用コスト (年額ライセンス料 + 保守費) | 1,200,000円 | |
| 投資総額(初年度) | 2,000,000円 | |
| 利益(年間) | ① 時間短縮(工数削減) (1件10分削減 × 500件/月 × 12ヶ月)= 1,000時間 時間単価2,500円で換算 | 2,500,000円 |
| ② ミス削減(手戻り工数削減) (月5件の入力ミス × 1回の手戻り1h × 12ヶ月)= 60時間 時間単価2,500円で換算 | 150,000円 | |
| 年間利益合計 | 2,650,000円 | |
| ROI・回収期間 | 初年度ROI [(265万 – 120万) – 80万] ÷ 200万 | +32.5% |
| 投資回収期間 80万 ÷ (265万 – 120万) | 約0.55年(約7ヶ月) |
事例2:製造ラインの業務フロー見直し(BPR)
外部コンサルタントを導入し、3ヶ月間のBPRプロジェクトを実施するケース。
| 項目 | 詳細 | 金額 |
| 投資額(年間) | 初期投資額 (コンサルティング費用) | 3,000,000円 |
| 年間運用コスト (なし) | 0円 | |
| 投資総額(初年度) | 3,000,000円 | |
| 利益(年間) | ① 生産性向上(売上増) (生産性10%向上による粗利増加) | 5,000,000円 |
| ② 不良品率の低下(コスト削減) (不良品率1%改善による廃棄コスト削減) | 1,500,000円 | |
| 年間利益合計 | 6,500,000円 | |
| ROI・回収期間 | 初年度ROI [(650万 – 0) – 300万] ÷ 300万 | +116.7% |
| 投資回収期間 300万 ÷ (650万 – 0) | 約0.46年(約6ヶ月) |
事例3:全社の基幹システム刷新(クラウドERP導入)
老朽化したオンプレミス型システムを、クラウドERPに刷新するケース。
| 項目 | 詳細 | 金額 |
| 投資額(年間) | 初期投資額 (導入構築費 + カスタマイズ費 + 教育費) | 20,000,000円 |
| 年間運用コスト (クラウド月額利用料 150万/年 + 保守費 50万/年) | 2,000,000円 | |
| 投資総額(初年度) | 22,000,000円 | |
| 利益(年間) | ① 旧システムの保守運用費削減(直接コスト削減) | 4,000,000円 |
| ② 各部門の業務効率化(工数削減) (全社で月間200時間の工数削減) 時間単価3,000円で換算 | 7,200,000円 | |
| ③ 在庫管理の適正化(コスト削減) (リアルタイム連携による過剰在庫の圧縮 56) | 1,800,000円 | |
| 年間利益合計 | 13,000,000円 | |
| ROI・回収期間 | 初年度ROI [(1,300万 – 200万) – 2,000万] ÷ 2,200万 | -40.9% |
| 投資回収期間 2,000万 ÷ (1,300万 – 200万) | 約1.81年(約22ヶ月) |
ROI計算で失敗しないための3つのポイント
最後に、ROI計算の実務において多くの担当者が陥りがちな「失敗例」を3つ紹介します。これらを回避することが、プロジェクトの成功確率を上げます。
投資額の見積もり漏れがないか確認する
最も多い失敗が、投資額の見積もり漏れです。RPAの「シナリオ開発費用」やERPの「カスタマイズ費用」、そして全社的な「教育・研修コスト」を見落とすと、ROIは計画倒れになります。Step 1で解説した「見積もり漏れ3選」を必ずチェックしてください。
測定期間は中長期的に考える
「導入直後」のROIで判断してはいけません。業務改善の効果は、現場が新しいプロセスに習熟した「定着後(最低でも半年〜1年後)」に最大化されます。特に基幹システム刷新のような大型投資は、効果回収に1.5年〜2年かかるのが一般的です。3〜5年の中長期的な視点でROIを評価すべきです。
「定量化できない効果」も考える
本記事では定性効果の定量化を解説しましたが、それでも「従業員のストレス軽減」「モチベーション向上」「意思決定の迅速化」など、金額換算が極めて難しい効果も存在します。
これらを「効果ゼロ」として無視するのではなく、稟議書には「定量効果(ROI)」と並べて、「定性的な副次メリット」として必ず併記してください。これらが、数字だけでは測れない投資の戦略的価値を補強します。
まとめ:ROIは「計算すること」ではなく「意思決定に使うこと」がゴール

本記事では業務改善におけるROIの計算方法を解説しました。
〈業務改善でROIを計算する際のポイント〉
- 投資額(コスト)を、教育費など「見えないコスト」も含めて漏れなく洗い出す。
- 利益(効果)を、「直接的利益」と「間接的利益」に分けて算出する。
- 最大の鍵は「間接的利益(時間短縮・ミス削減)」であり、その金額換算ロジックの根拠を明確にする。
- ROIの数値だけでなく、「投資回収期間」と「2025年の崖」などのリスク回避の視点をセットで提示する。
ROIの算出は、それ自体が目的ではありません。それは、データに基づいた合理的な「意思決定」を行うためのツールです。
今回解説したロジックと、調査結果に基づく具体的な事例データを活用すれば、あなたの稟議書は「現場の要望」から「経営戦略的な投資提案」へと昇華するはずです。自信を持って経営陣を説得し、企業の未来に必要な変革を推進していきましょう。
ROI計算の「次の一手」にお悩みではありませんか?

本記事で解説した「見えない効果の金額換算」は、経営陣を説得する強力な武器となります。
しかし、ROIの計算ロジックを理解した今、こんな”新たな壁”に直面していませんか?
- 「ROIの計算方法はわかった。だが、そもそも自社はどの施策でROIを計算すべきなんだろう?」
- 「”時間短縮”効果を最大化するのは何か?」
- 「稟議のためのROI計算はできても、いざ実行するとなると社内のリソース(人手)が足りない…」
投資対効果の算出(ROI計算)がゴールではありません。「どの施策に投資するか」という最初の判断こそが、ROIの最大値を決定づけます。
私たちミツモアは、「AIエージェント(作業自動化)」と「BPaaS(業務外部化)」の両方を提供する”中立的な立場”から、御社の課題に最適なソリューションを組み合わせてご提案します。
無料相談では、専門コンサルタントが「ツール間の手作業」や「業務の属人化」といった根本原因を丁寧にヒアリング。
本記事で学んだROIの視点を持ちながら、「どの業務を自動化し、どの業務をプロに任せるべきか」という”投資の最適解”を一緒に見つけませんか?



