「赤字であれば確定申告は不要」。個人事業主であるなら、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか? 確かに、赤字の場合には確定申告の義務がないのは本当です。
しかし、だからといって「確定申告をしない!」と決め付けてしまうのは早計。確定申告をしないことによるデメリットがあるからです。
「これ以上できるだけ損をしたくない」あなたのために、赤字であっても確定申告をするべき理由やしない場合のデメリットを解説します。
この記事を監修した税理士
安田亮公認会計士・税理士事務所 - 兵庫県神戸市中央区元町通
赤字でも確定申告をするべき3つの理由
個人事業が赤字の場合は所得税の確定申告は不要です。所得がゼロであれば、納めるべき所得税も発生しません。しかし赤字でも確定申告をすることにより、以下のようなメリットがあります。
- 損失の繰越ができる
- 繰戻しによる還付金を受け取ることができる
- 源泉徴収分の還付を受けられる可能性がある
損失の繰越ができる
赤字の状態で確定申告をした際に受けられる一番大きなメリットは、純損失の繰越控除ができることです。
純損失の繰越控除とは3年間に限り赤字分を繰り越していける制度です。
たとえば2022年が赤字だった場合、赤字分を3年に限りマイナスとしてキープし(あくまでも税務上の話です)、黒字になった時に課税所得から差し引くことができるのです。
ただし、純損失の繰越控除は3年が限度と定められているので、2022年分の赤字を課税所得から差し引きできるのは2023年~2025年分の黒字までです。
しかしこの制度を受けられるのは前提として、申告年度が青色申告の個人事業主のみであるため注意しましょう。
繰越の具体例
純損失の繰越控除のことを理解できたところで、具体的な計算をしてみましょう(簡略化のため青色申告特別控除も含め、各種控除はないものとしています)。
例1【2021年は100万円の赤字、2022年は150万円の黒字だった場合】
2023年3月15日が期限の確定申告では、2022年の黒字150万円から、2021年の赤字100万円を引いた50万円を、課税所得として申告することが出来ます。 しかし、赤字だからといって2021年分の確定申告をしていなければ、純損失の繰越控除は適用できず、150万円全てが課税所得となってしまいます。税率を5%とすると、課税所得が150万円の場合は7万5千円、50万円の場合は2万5千円ですので、最終的な納税額の差は5万円になります。 |
例2【2020年は100万円の赤字、2021年は150万円の赤字、2022年は300万円の黒字だった場合】
考え方自体は例1と同じです。きちんと青色申告をしていれば、2022年の黒字300万円から、2020年の赤字100万円と2020年の赤字150万円を足した250万円をマイナスして、50万円を課税所得として申告することが出来ます。 |
例3 【2021年に50万円の赤字、2022年は30万の黒字だった場合】
このケースでは赤字と黒字を差し引きすると利益がゼロになり、さらに赤字分が余ってしまいます。利益がゼロということは課税所得がゼロなので、税金は発生しません。そして、余った赤字分20万円に関しては、さらに翌年以降に繰り越すことができます(3年という限度に変わりはありません)。 |
繰戻しによる還付金を受け取ることができる
繰越と同じ考え方で、今年の赤字分を前年以前の黒字と相殺する「繰戻し」という制度もあります。ただし前年の黒字分の税金は既に支払い済みのはず。そのため繰り戻しの場合には「還付金」という形で納めた税金を返還してもらう方法をとります。
例 【2021年が150万円の黒字、2022年が100万円の赤字】
還付金は次の計算式で表せます。 前年支払った税金-(前年の黒字-今年の赤字)×前年の税率 税率を5%として今回の例にあてはめると、戻ってくる還付金は「5万円」になります。 150万円×5%-(150万円-100万)×5%=5万円 |
気をつけて欲しいのは、繰り越しと繰り戻しは二者択一だということ。上記の例で言えば、2022年の赤字100万円はすでに繰り戻しで使用してしまっているので、翌年以降に繰り越すことはできません。
赤字が出たとき、その赤字を繰り越すべきか繰り戻すべきかはその都度判断する必要があります。
源泉徴収分の還付を受けられる可能性がある
個人事業主でも源泉徴収の対象となる報酬を受け取った場合、あらかじめ所得税を源泉徴収されます。源泉徴収の対象となる報酬とは以下のようなものがあります。
- 原稿料や講演料
- 弁護士や税理士など特定資格を持つ人の報酬
- 従業員の給与
このような報酬を受け取った場合、取引先は支払う報酬からあらかじめ源泉徴収分を差し引き、納税義務者であるあなたに代わって所得税を納めてくれます。しかし事業が赤字であれば所得税は発生しないので、確定申告することによって先に納めていた所得税が還付されます。
ただし源泉徴収であっても、預金の利子などの源泉分離課税は還付の対象外です。
確定申告をしないことで発生する4つのデメリット
赤字だからといって確定申告をしないでいると、いくつかのデメリットが発生します。
- 所得の証明書類が手に入らない
- 非課税証明書が発行できない
- 国民健康保険料が増える
- 助成金や補助金を受け取ることができない
所得の証明書類が手に入らない
確定申告をしないことによるデメリットの1つ目は、「確定申告書」という所得を証明する書類を利害関係者に提示できないことです。
「所得の証明が必要になる場面なんてあるの?」と思われる方もいるかもしれません。一番想像しやすいのは住宅ローンでしょう。ローンの審査を受ける際、所得の証明書類として過去数年分の確定申告書類を求められることがあります。
確定申告書は、いわば国が認めた所得の証明書です。ローン会社にとってどれだけ安定した所得があるのかを判断するのに、何よりも信用できる材料であることは間違いありません。それが用意できないと、ローン会社としても収入の安定性が担保できず、審査も厳しい結果に終わってしまう可能性が高まります。
他には事業資金の融資を受ける際にも、所得の証明が必要になります。いざ法人化して事業を拡大しようと思ったときに、確定申告をしていなかったがために融資を受けられなかった、ということも十分にありえます。
このように、所得の証明が出来ないことのデメリットは数年後に現われます。たとえ今はローンや融資を考えていないとしても、近い将来のことを考えて、確定申告はしておいたほうが無難といえます。
非課税証明書が発行できない
2つ目のデメリットは、非課税証明書が発行できないことです。
非課税証明書というのは、住民税が課税されていないことを証明する書類で、確定申告をしていなければ発行することが出来ません。非課税証明書自体が馴染みのあるものではありませんので必要になる場面もなかなか想像できないかもしれませんが、たとえば児童手当の申請時に求められる書類の1つです。他には保育園の入園の申請など、主に福祉分野で重要な書類といえるでしょう。
こちらも所得を証明する書類と同様今は関係ないかもしれませんが、数年後にお子さんが生まれた際には大いに役立つものです。「やっと仕事が軌道に乗ってきたのに、非課税証明書が発行できないから子供を保育園に入れられない!」ということにならないよう、今からしっかりと考えておく必要がありそうです。
国民健康保険料が増える
個人事業主であれば、国民健康保険に加入している方がほとんどです。無所得であれば国民健康保険料が大きく優遇されるのですが、そのためには自分に所得がないことを証明しなければなりません。
しかし確定申告をしていなければ先ほどの住宅ローンや事業資金の融資と同じで無所得を証明できないので、保険料の優遇が受けられず、結果的に保険料が増えてしまいます。
以上が確定申告をしないことによる大きなデメリットです。赤字であっても確定申告をすることの重要性がお分かりいただけたのではないでしょうか?
申告書の書き方【赤字で確定申告する場合】
赤字の確定申告は「申告書第一表・第二表」に加え「申告書第四表(損失申告用)」「還付金請求書」などの書類が必要となります。
また事業所得者である個人事業主が赤字を確定申告する際は、事業所得は赤字ですのでマイナスの金額の頭に△を付けて記載しましょう。
確定申告で損失申告するのに必要な書類
個人事業主が赤字の確定申告をする際に必要な書類は以下の通りです。
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さらに以下の損失を申告する場合には、それぞれに対応した添付書類を別途用意する必要があります。
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特に申告書第四表(損失申告用)は赤字でなければ必要のない書類なので、忘れないようにしてください。
赤字が出た年の確定申告書の書き方
次は確定申告書の書き方を、赤字に関係のある部分を中心に解説していきます 。申告書は国税庁のHPから見ることができるので(ダウンロードも可能)、参照しながら読んでみてください。
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第二表は通常の確定申告と同じなので、割愛します。
事業所得の欄は「△」をつけて記載する
事業所得は所得金額等の「事業」の欄にその金額を記入していきます。事業所得が赤字の場合は、マイナスの金額の頭に△を付けて「△200,000」のように記入します。
「申告書第四表」(損失申告用)の書き方
赤字の場合は、申告書第四表(損失申告用)の提出も必要となります。
(一)、(二)に申告分の年を以下のように記入します(事業所得以外の所得が無いことを前提とします)。
【申告書 第四表 (一)】
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【確定申告書 第四表 (二)】
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以上で書類の記入は完了です。意外と簡単だったのではないでしょうか?
繰戻しによる「還付金請求書」の書き方
次に前の見出しで説明した、繰り戻しによる還付金を受け取るのに必要な書類「純損失の金額の繰戻しによる所得税の還付請求書」の書き方を説明します(事業所得以外の所得が無いことを前提とします)。
なお、「純損失の金額の繰戻しによる所得税の還付請求書」は、以下のリンクからダウンロード可能です。
「純損失の金額の繰戻しによる所得税の還付請求書」の書き方
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確定申告の期限を過ぎてしまった場合
この記事を読んでいる方の中には、過去に赤字だからと確定申告をしていなかった方もいらっしゃるかもしれません。そのような方は、期限後申告をしておきましょう。
期限後申告というのは、個人事業主の申告期限である3月15日を過ぎてから確定申告を行なうことです。
期限後であっても、青色申告の特典である赤字の繰り越しは可能ですので(繰り戻しによる還付金申請は、赤字が出た年の確定申告を期限内に行なっていることが条件になるので認められません)あきらめることなく今からでも確定申告を行ないましょう。
個人事業主の確定申告は「青色申告」で行なおう!
個人事業主が確定申告をする場合は、白色申告よりも青色申告がおススメです。赤字で青色申告を行なうことで純損失の繰越ができます。純損失の繰越は損失を持ち越しでき、翌年以後3年間黒字と相殺することができます。
青色申告のみが繰越可能
赤字の確定申告を行なう最大のメリットは「損失の繰越ができる」ことです。しかしこれは青色申告のみに適用され、白色申告では繰り越すことができません。
損失の繰越とは、今年発生した赤字を翌年以降に持ち越し、次の年に黒字が出た場合に赤字で相殺することができる制度です。つまり課税所得が少なくなるため、所得税を減らすことができるのです。また発生した赤字は3年間持ち越すことが可能です。
例えば 青色申告で昨年の事業所得が赤字50万円、今年の申告で事業所得が黒字100万の場合「損失の繰越」をしておくと
今年の黒字100万-昨年の赤字50万=50万円
今年の黒字が本来100万円のところ50万円とみなされ、この金額に対して税金がかかることになります。
住民税や副業に関するよくある質問
赤字で確定申告をしなかったとしても、それとは別に住民税の申告は必要であり、副業でも収入次第では申告しなければいけません。
確定申告しなくても住民税の申告は必要
確定申告は「所得税」を申告するものなので、本来住民税申告とは別ものです。しかし確定申告をしていれば、その内容を税務署が各市町村と共有してくれるため住民税の算定に問題はありません。
一方で確定申告をしていない場合は「市県民税の申告」の提出が必要です。「所得証明書」や「非課税証明書」も住民税の算定をもとに
作成されていますので、確定申告が必要なくても住民税の申告はするようにしましょう。
副業の所得が20万円以下の場合は申告不要
副業で確定申告をするかしないかの判断は副業の所得が20万円以下かどうかです。副業でアルバイトをしていた場合、その給与所得が年間20万円以下であれば確定申告をしなくて問題ありません。
また、ライティングやイラストなどの原稿料として「事業所得」を得ている場合も、その所得が20万円以下であれば確定申告の必要はないです。ただし「事業所得」は原稿料などの「収入=所得」ではなく、収入から資料代などの経費を除いた部分が「所得」なので注意しましょう。
副業の確定申告については以下の記事を参考にしてみてください。
赤字廃業の場合は所轄税務署に届け出の提出が必要
赤字廃業の場合基本的に確定申告は必要ありませんが、それとは別に所轄税務署に廃業の届け出の提出が必要です。廃業の届け出をしていないと、「事業を続けている状態」とみなされてしまい、税務調査の対象となりかねません。
廃業のために届け出なくてはいけない書類は以下になります。
書類 | 対象者 | 提出先 |
①廃業等届出書 | 個人事業主全員 | 所轄の税務署
都道府県税事務所 |
②所得税の青色申告の取りやめ届出書 | 青色申告者 | 所轄の税務署 |
③所得税および復興特別税の予定納税額の減額申請書 | 予定納税がある人 | 所轄の税務署 |
④事業廃止届出書 | 消費税納税者 | 所轄の税務署 |
⑤給与支払事務所等の廃止届出書 | 従業員雇用をしていた人 | 所轄の税務署 |
青色申告をしている個人事業主は少なくとも「廃業等届出書」と「所得税の青色申告の取りやめ届出書」を届け出なくてはいけません。
廃業届はもちろんですが、確定申告までには一年の現金出納帳など帳簿の作成が必要となります。しかし日頃の事業と並行して、帳簿を作成するのは困難でしょう。そのようなときは税理士に任せておけば、漏れもなく手続きが行なえて安心です。
税理士に依頼すると確定申告だけでなく、確定申告だけでなく助成金や廃業など事業の状況や内容に沿ったアドバイスをしてくれます。
まとめ
今回は赤字が出た場合でも確定申告をしたほうがいい理由についてご紹介してきました。最後に、記事全体の要点をまとめておきます。
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今回は網羅的に説明していきましたが、細かい部分は個別で判断が必要になるケースもあります。もし少しでも分からない部分があれば、税務のプロである税理士まで相談してみてください。
監修税理士からのコメント
安田亮公認会計士・税理士事務所 - 兵庫県神戸市中央区元町通
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この記事の監修税理士
安田亮公認会計士・税理士事務所 - 兵庫県神戸市中央区元町通