使用する予定のない農地があると、扱いに困ってしまう人は少なくありません。農地の売却は難しいといわれますが、理由を知ると納得できます。理由を知った上で、早めに行動することが大事です。売却の方法や手順、必要な費用などをチェックしましょう。
監修者
髙杉義征(セカイエ株式会社元執行役員/宅地建物取引士)
株式会社日京ホールディングスの元取締役、セカイエ株式会社の元執行役員を経て、現在は株式会社ミツモアの事業部長として全体を統括。一貫して不動産業界に携わり、不動産仲介会社、不動産管理会社、不動産テック企業での経験を有する。不動産売却希望者と不動産会社をマッチングするサービスでは、執行役員として事業立ち上げからグロースまでを担当。また、不動産関連のセミナーやライブ配信にも登壇している。
農地の売却が難しいといわれる理由
一般的な土地とは違い農地の売買は難しいといわれています。どのような理由によるものなのか、見ていきましょう。
農地法による売却先の規制
農地の売却が難しいといわれる理由は、農地法による制限があるためです。農地法では、優良な農地を確保するために、農地の転用や権利の移動などに関するルールを定めています。
農地は誰でも自由に手に入れられるわけではありません。買い手になれるのは、農業委員会の許可を得た農家または『農地所有適格法人』の要件を満たした法人だと決められています。
自由に農地を手放して宅地にする人が増えれば、農業が衰退し、食料自給率が低下する原因になってしまうため、農地の買い手を限定しているのです。
農業人口の減少により買い手が見つかりにくい
農業をしている人や法人に売却すればよいなら、何とかなりそうだと思う人もいるかもしれません。しかし、農業を主な仕事としている人の減少により、制限内で買い手を見つけることが難しくなっています。
農林水産省の調査によると、2005年には224万1,000人いた基幹的農業従事者が、2020年には136万3,000人に減少していることが分かっています。
基幹的農業従事者は、農業を主な仕事にしている人のことです。15年間で39%も農業人口が減少している事実は、深刻だといえます。
農業人口が減少している理由として考えられるものは、高齢化・人手不足・資金不足などです。このような状況では、今後も農地の買い手は見つかりにくいでしょう。
農地の需要・価格が下落している
農地そのものの需要が低くなっていることも、売却が難しいとされる理由の1つです。
農業従事者の数が減っていても、農地の需要が高ければ買い手がつきそうなものですが、人手不足や資金不足などの理由で、農地を広げられない農家は少なくありません。
また、農地の環境や集落との距離にもよりますが、都市部・農村部ともに農地の価格は下がっている傾向です。
やっと買い手が見つかっても、農地の価格が下落し価値が低くなっているため、低い価格での売却を余儀なくされるケースもあります。
農地を売却するときの選択肢2つ
所有している農地をそのまま売却する方法と、農地以外に転用して売却する方法の2つがあります。それぞれの特徴や、売却の条件などを見ていきましょう。
農地のまま売却する
農地のまま売却するには、以下の条件を満たす農家もしくは農業生産法人に購入してもらう必要があります。
- 50a以上の農地で農業をしている
- 農業に適した機材や人材を確保しており、継続的に農業ができる
- 常時全ての農地を耕作に使用している
とりあえず土地を購入してから、新たに農業を始めるための準備をしようという状態の人は条件を満たしていません。これから農業を始めようと考えていても、十分な準備ができていない状態では売却先の条件から外れてしまいます。
農業に関心がある人を見つけ出しても、条件を満たしていなければ売却先としては認められないので、簡単にはいかないでしょう。
農地以外に転用して売却する
農地を農地以外に転用して、売却を進める方法もあります。農地のまま売却するよりも必要な手続きが多くなりますが、比較的買い手が見つかりやすい方法です。
ただし、農業委員会の許可を得なければ農地転用できません。許可を得られるかどうかは、売却したい農地の区分によって異なります。
下記の3つは、原則として農地転用が認められていないので注意が必要です。
- 農業振興地域内の農用地区域(青地)
- 第1種農地
- 甲種農地
所有している農地がどの区分に該当するか不明な場合は、各市町村の農業委員会に確認しましょう。
農地のまま売却する方法・流れ
購入者の見当がつく場合や、転用できない農地の区分に当てはまっている場合は、そのまま売りましょう。農地のまま売却できれば、転用するよりも手続きが簡単です。売却先の見つけ方や、手続きの流れを見ていきましょう。
近隣で買い手を探す
農地のまま売却する場合、近隣に農地を購入してくれる人がいないか、探すことから始めましょう。
経営がうまくいっていて後継者の問題もなく、農地を拡大したいと考えている人がいれば、案外スムーズに話がまとまるケースもあります。近隣に住んでいる親戚や農業関係者など、人づてに探してみましょう。
農家であっても、耕作面積が50a以下だったり農業に従事する人材が不足していたりすると、購入者にはなれない決まりです。買い主が条件に当てはまるかどうかも、チェックしましょう。
心当たりがない場合は、最寄りの農業関連機関に相談する方法もあります。
売買契約の締結
農地のまま購入してもらえる買い手が見つかったら、売買契約を進める流れです。売買契約を結んでから、農業委員会に申請をする順番になります。
先に売買契約を済ませる理由は、買い手がいるかどうかはっきりしない状態では、申請しても不許可となるケースが多いためです。権利移動の許可申請を行う際は、トラブルにならないように慎重に内容を決めます。
許可を得るためには売り主と買い主両者が協力して申請し、許可が下りた後も共同で所有権移転登記などを行わなければなりません。契約書には、双方が協力して事に当たるという一文を記載しましょう。
また、許可が下りなかったときのことも考えて、特約を記載するのが一般的です。農業委員会の許可が下りれば契約を履行し、許可を得られなかったときは契約を無効にするといった特約を、契約書に盛り込むとよいでしょう。
農業委員会へ権利移動の許可申請
農地のまま売却する場合でも、農業委員会への申請は必須となります。許可申請に必要となる、一般的な書類をチェックしましょう。
- 許可申請書
- 土地登記事項証明書
- 地積測量図
- 位置図
- 周辺見取り図
- 営農計画書
- 耕作証明書
- 売買契約書の写し
売り主・買い主双方の状況によって、上記にはない書類が必要になるケースもあるので、あらかじめ農業委員会に確認した上で準備すると漏れがありません。許可が下りるまでの平均的な期間は、申請してから1カ月程度です。
買い手に仮の登記をしてもらう
仮登記は、売り手ではなく買い手が行う手続きの1つです。通常の不動産売買ではあまり一般的ではありませんが、仮に所有者を登記しておけます。
売却許可が下りるまでの間に所有権移転請求権仮登記を行うと、売却の意思をはっきりとさせられるので、その後の本登記がスムーズです。
必ずしなければいけない手続きではなく、しない人もいます。また、登録免許税や司法書士への報酬などの手数料がかかる点も、押さえておきましょう。
農地の引き渡し
農業委員会への許可申請をした後、審査に通ると許可証が交付されます。農地の引き渡し前に、発行された許可証を用いて法務局で所有権移転登記(本登記)を行います。
所有権移転登記をしないと、新しい所有者が手に入れた農地を自分のものだと法的に証明できません。
手続きにかかる所有権移転登記の費用は1〜2万円程度ですが、司法書士に手続き代行を依頼する際は司法書士報酬も必要になります。登記が済んで農地の代金を受け取ったら、引き渡しが終了です。
農地を転用して売却する方法・流れ
条件を満たせば、農地を農業以外に使える土地として転用できます。農業以外の目的に使用できた方が買い主の選択肢が広がるので、売却しやすい状態です。
農地の状態で売却するときに比べて必要な手続きは多くなりますが、買主が見つからずに土地を持て余す状態が長期化するリスクを避けられます。農地を転用して売却する方法や、流れを見ていきましょう。
農地の転用可否を確認
農地転用できない土地の場合もあるので、まずは転用が可能な土地かどうかの確認から始めましょう。所有する農地の区分が、農業振興地域内の農用地区域・第1種農地・甲種農地となっている場合、原則として転用不可となっています。
農地のまま売却する方法を検討しましょう。以下の区分に当てはまる場合、転用が認められています。
- 第2種農地…市街化が見込まれる農地や、生産性が低い農地など
- 第3種農地…市街化の可能性がかなり高い農地・市街地にある農地など
転用が可能な農地であっても、許可を得るためには転用の目的や継続性、目的の実現に必要な資金や信用の有無なども問われます。「転用すれば売却しやすいから」という理由だけでは、認められない点に注意しましょう。
不動産会社を通して買い手を探す
農地を転用して売却する場合、複雑な手続きが多いので不動産会社を通した方がスムーズに進みやすいといえます。
売買が成立した際に仲介手数料が必要になりますが、不動産会社が持つネットワークを利用すれば、買い手が見つかりやすいでしょう。
ただし、農地の売却に強い不動産会社を見つけることが重要です。農地転用の実績があるかどうかをチェックし、適切なサポートを受けられる不動産会社に依頼しましょう。
売買契約の締結
土地の買い手が見つかったら農地のまま売却する場合と同じように、先に売買契約を締結しましょう。
売買契約を進めながら、転用許可申請に必要な書類を集めます。許可申請書には以下の書類の添付が必要です。
- 土地登記事項証明書
- 地積測量図
- 位置図
- 周辺見取り図
- 事業計画書
- 資金証明書
農地をそのまま売却する場合とは違い、転用後の土地を活用するための事業計画書を求められます。計画通りに実行するために必要な資金を有していると、客観的に証明できる書類も準備しましょう。
農業委員会へ転用の許可申請
申請書に必要書類を添付し、農業委員会に許可申請をしましょう。農地のまま所有者を変更する際は農業委員会の許可で済みますが、農地転用の場合は工程が1つ増えます。
農地転用して売却する際は農業委員会だけでなく、都道府県知事もしくは指定市町村長にも審査され、許可を得る流れです。ただし、市街化区域内にある農地を転用する際は、農業委員会に届け出ればよいことになっています。
30aを超える農地の転用をする際は、農業委員会が都道府県農業委員会ネットワーク機構に対し意見聴取を行って回答を求めるので、売却したい農地が広い場合は許可が下りるまでにやや時間がかかる傾向です。
許可通知の受領
許可が下りるまでに、農地のまま売却するときと同じように仮登記を行っておくとよいでしょう。
転用の許可が下りていない状態でも売買契約ができますが、許可が出るまでは契約の効力を発揮しないので、売り主がほかの買い主に売却してしまう可能性があります。
確実に土地を購入したい買主は、仮登記をしておけば自分が先に購入を決めていたと主張できるので安心です。ただし、所有権が認められるものではなく、許可が下りた後に本登記をする必要があります。
許可が下りるまでの期間は、申請してから2〜3カ月程度です。
農地の引き渡し
許可が下りたら本登記や代金の支払い、農地の引き渡しをして完了です。法務局で名義や地目の変更をしなければ、新しい所有者が自身の土地として活用できません。
地目は土地の用途のことで、登記官が客観的・総合的に判断した上で決定されます。買い手は許可が下りた後に申請した通りに使用しているか、報告する決まりです。
もし、工事内容や利用方法が事前に事業計画書で提出した内容とは違っていた場合は、やり直しを余儀なくされたり、農地に戻すことを命じられたりすることもあります。
農地の売却にかかる費用・税金
農地の売却をするとき、不動産会社への仲介手数料や行政書士報酬がかかることがあります。税金の負担が増える点も、押さえておきましょう。農地の売却にかかる費用や税金は、いくらくらい必要なのかを紹介します。
譲渡所得税・住民税
農地を売却するときにかかる税金は、譲渡所得税と住民税です。税額は譲渡所得金額と、税率によって決まります。譲渡所得金額の計算法は『譲渡による収入金額-(取得費+譲渡費用)』です。
取得費は土地や建物を購入したときの費用や登録免許税、不動産取得税などが該当します。譲渡費用は不動産会社に払った仲介手数料や、土地を売るために取り壊した建物の解体費用などです。
税額は『譲渡所得金額×(所得税率+住民税率)』で計算できます。所有期間によって税率が異なり、5年を超えて所有していた農地を売却した場合、長期譲渡所得の税率所得税15%、住民税5%が適用されます。
一定の条件を満たすと、特別控除を受けられる決まりです。条件に応じて控除を受けられる額が決まっています。
例えば、公共事業のために農地を売却する場合は5,000万円、農用地利用集積計画や農業委員会のあっせんGfによって売却した場合は800万円の控除が受けられる仕組みです。
印紙税
印紙税は、不動産の売買契約を行う際の契約書などの『課税文書』にかかる税金です。売却金額によって額が異なり、金額が高いほど印紙税も高額になります。
ただし2014年4月1日から2024年3月31日までに作成される不動産の譲渡に関する契約書のうち、契約書に記載された契約金額が10万円を超えるものに対しては、軽減措置が取られています。
売却金額にかかる印紙税は以下の通りです。
契約書記載の金額 | 印紙税額 | 軽減措置適用後の印紙税額 |
---|---|---|
100万円超え500万円以下 | 2,000円 | 1,000円 |
500万円超え1,000万円以下 | 1万円 | 5,000円 |
1,000万円超え5,000万円以下 | 2万円 | 1万円 |
5,000万円超え1億円以下 | 6万円 | 3万円 |
仲介手数料(不動産会社に依頼する場合)
不動産会社に農地の売却を依頼する際は、仲介手数料が必要です。農地の売買では仲介手数料に関する規定が定められていませんが、宅地建物取引業法の規制を準用することが多いとされます。
宅地建物取引業法では、以下のように取引額によって上限額が定められています。
「取引額と仲介手数料の上限額」
取引額 | 仲介手数料の上限 |
---|---|
200万円以下 | 売却代金の5%以内 |
200万円超から400万円以下 | 売却代金の4%+2万円以内 |
400万円超 | 売却代金の3%+6万円以内 |
取引額は土地の本体価格のことで、消費税を含みません。仲介手数料は消費税の課税対象なので、別途消費税が必要です。
また、400万円以下の土地や建物に対しては、現地調査に必要な費用がかかることを考慮し、18万円までを上限額としてよいとする特例があります。
実際の仲介手数料は交渉によって決まるので、早い段階で不動産会社と話し合い、納得した上で依頼することが大事です。
行政書士費用(許可申請代行を依頼する場合)
行政書士に許可申請の手続きを代行してもらう場合は、行政書士報酬も必要です。行政書士事務所によって金額が異なり、その農地の状態によって金額が変わることもあります。
許可が受けにくく準備が大変な場合は、そうでないケースに比べて高額になりがちです。例えば、農地が市街化区域内地域であれば許可を得やすいので、数万円から10万円程度で引き受けてくれるところもあるでしょう。
売却したい農地の区分によっては、15万円以上の費用がかかることもあります。行政書士事務所によっていくらかかるかは異なるので、事前に確認しましょう。
農地の売却を考えているなら早めの行動を
農地を所有しているだけで固定資産税がかかるるので、使用する予定のない農地の売却を考えている場合、早めに行動した方がよいといえます。
家族や親戚などが実態を把握していない農地や、転用できるかどうか分からないものは農業委員会に問い合わせて確認しましょう。
その農地が転用できるかそうでないかをチェックし、売却の方針を早めに決めることで、金銭的な負担を抑えられます。