遺言書を書けば自分の財産を受け継いでほしい人に渡せますが、実際に相続が起きたときに手続きが順調に進まないことも考えられます。このような場合に備えて選任するのが遺言執行者です。
遺言執行者を選任すれば遺言の内容を確実に実行できるなど様々なメリットがあります。財産を残す人・相続する人どちらにも欠かせない知識なので、遺言執行者の権限や義務、選任方法などを正しく理解するようにしましょう。
この記事を監修した弁護士
石尾理恵弁護士
相続案件を中心に取り扱う事務所に所属し、遺産分割、遺留分侵害請求、相続放棄、遺言書作成のなど相続案件を数多く取り扱っている。日々、依頼者の安心・納得を重視して、相続事件を解決している。
遺言執行者とは
遺言執行者は相続に伴う手続きが円滑に進むように相続人の代わりに手続きを進める人で、文字通り「遺言の内容を執行する者」です。遺言執行者ができることは法律で決まっていますが、相続で必要になる様々な手続きを行う権限を持っています。まずは遺言執行者の概要や権限について確認していきましょう。
遺言執行者とは
遺言が残されている場合には遺言書の内容に従って財産を相続します。故人の財産の名義を相続人に変えるなど各種手続きを行いますが、手続きによっては相続人1人1人の署名や捺印が必要です。相続人の中に非協力的な人がいるだけで手続きが進まないことも考えられます。
その一方で遺言執行者が選任されているケースでは遺言執行者が手続きを進めることができます。遺言の内容によっては遺言執行者が不要のケースもありますが、手続きをスムーズに進めて遺言の内容を早く実現できるように役割を果たすのが遺言執行者です。
遺言執行者の権限
遺言執行者の権限について民法では次のように定められています。
民法第1012条1項
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
遺言執行者は「遺言の執行に必要な一切の行為」をできるので、相続財産・相続人の調査から始まり登記など故人の財産の名義を相続人に変える手続きも行えます。
子の認知や相続人の廃除を行う旨が遺言書に記載されている場合には市区町村役場や裁判所でこれらの手続きを行うことも可能です。遺言執行者には「遺言の内容を実現するため」の広範な権限が与えられています。
遺言執行者が必要な場合と不必要な場合
遺言執行者を選任するのは「法律で選任が義務付けられている場合」と「遺言執行者を選任したほうが揉めなくて手続きがスムーズに進む場合」です。遺言執行者が不必要な場合もあるので、すべての相続で選任が必要なわけではありません。以下では遺言執行者が必要な場合と不必要な場合、それぞれについて解説します。
遺言執行者が必要な場合とは
民法で規定された一定の手続きは遺言執行者しかできず相続人では手続きができません。また相続関連の手続きの中には遺言執行者でも相続人でもできるものがありますが、相続人全員の同意が得られず手続きが進まない場合には遺言執行者を選任するのが望ましいでしょう。
遺言執行者のみが行えること
「子の認知」と「相続人の廃除・廃除の取り消し」は遺言執行者のみが行えます。「子の認知」とは婚姻関係にない男女間で生まれた子を自分の子と認めることで、「相続人の廃除」とは虐待などの行為をした相続人の相続権を剥奪することです。
認知された子には相続権が生じ、廃除された相続人には相続権がなくなります。相続関係に重大な影響を与える手続きなので、相続人がこれらの手続きをすることは認められていません。遺言書で遺言執行者が指定されていない場合には裁判所で遺言執行者の選任の手続きが必要です。
遺言執行者と相続人が行えること
遺贈に関する手続きは相続人全員で行えます。ただし民法の規定で「遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる(民法1012条2項)」とされているので、遺言執行者が選任されている場合には遺言執行者が手続きを進めます。
土地や建物の相続登記や銀行口座の名義変更は遺言執行者・相続人ともに行えますが、銀行口座の解約には注意が必要です。解約は相続人だけでなく遺言執行者でも可能なケースが多いものの、預金の一部のみを相続させる旨が遺言書に書かれている場合などには遺言執行者は預金の払い戻しはできても解約はできません。
遺言執行者が不必要な場合とは
遺言執行者が果たすべき役割がそもそも必要とされない相続事案では遺言執行者の選任は不要です。具体的には次の2つのケースが該当します。
遺言がない場合
遺言の内容を執行する人が遺言執行者なので、そもそも遺言が残されていない場合には遺言執行者を選ぶ必要がありません。財産の分け方を決める遺産分割協議を相続人同士で行い、協議した結果に基づいて相続人自身が相続財産の名義変更などの手続きを行います。
遺言執行者が必要かどうかは遺言自体の有無や遺言の内容によって変わるので、相続が起きたらまずは遺言書が残されていないかをすぐに確認しましょう。机の中や神棚など故人の部屋の中を探したり、公正証書遺言が作成されて遺言執行者が指定されていないか公証役場で照会手続きを行って下さい。
執行が必要ない場合
財産の相続が遺言の範囲で問題なくでき、遺言執行者が執行すべき手続きがない場合も当然あります。たとえば遺産が現金のみで、法定相続分に従って相続人の間で分ける旨が遺言書に書かれていた場合です。
この場合は相続人が現金を相続して終わりなので、相続人同士で揉めて手続きが進まなかったり遺言執行者が代わりに手続きをするわけではありません。遺言執行者を選任すべきなのは不動産の登記など相続人同士が揉めたときに前に進まない可能性がある手続きが含まれる場合です。
また相続人間で争いがなく、スムーズに遺言の執行が行える場合も執行は不要です。
遺言執行者を選任するメリット
遺言書を書くときや相続が起きてご自身が相続人になったときに遺言執行者を選任するか迷うこともあるはずです。その際には「遺言執行者を選任するメリットを活かせるかどうか」がポイントになります。遺言執行者を選任する最大のメリットは「遺言の実現が確実になる」ことですが、それ以外にもいくつかのメリットがあります。ご自身の状況に照らし合わせながら以下で紹介するメリットを活かせそうかどうかをまずは確認してみて下さい。
メリット①:相続トラブルを回避できる
遺言執行者が選任されていないと不動産の登記や預金口座の解約の手続きを相続人全員で行うことになります。遺言の内容に不満を持つ人が手続きに協力せず相続トラブルになることも少なくありません。また遺言執行者が指定されていない場合、一部の相続人や受遺者が勝手に財産を処分するなどして手続きを妨害するリスクもあります。
逆に遺言書を作成するときに最初から遺言執行者を選任しておけば、実際に相続が起きて相続人が手続きを進める際にこのようなトラブルは回避できます。遺言執行者が手続きを進めるので相続人同士が話し合ったり意見が対立して相続が争族になる心配がなくなり安心です。
メリット②:手続きをする相続人の負担を減らせる
相続人の数が多かったり遠方に住んでいる相続人がいるケースでは、相続人全員の署名や捺印が必要な手続きで特に手間がかかります。たとえば銀行預金の払い戻しであれば相続届を銀行に提出する際にすべての相続人の署名・捺印を求められるのが一般的です。
このときに金融機関の近くに住んでいる人を遺言執行者に指定すると遺言執行者だけで払い戻しの手続きができるようになります。遠方にいる相続人の署名などを集める手間や労力がかからず、相続に伴う手続きの負担を大幅に減らせる点がメリットです。
遺言執行者として適任なのは誰?
遺言執行者を指定するときには「誰に遺言執行者になってもらうのか」が重要になります。相続や法律の知識がない人に依頼すると、実際に相続が起きた時に必要な手続きを進められず遺言の内容を実現できない可能性があるからです。以下では遺言執行者になれる人の範囲や遺言執行者として誰が適任なのかを解説します。
遺言執行者になれる人とは
未成年者と破産者以外は遺言執行者になれるので遺言執行者として指定するのは相続人でも相続人以外でも構いません。相続・法律の知識が最低限ある人を選任すべきですが、平日に仕事の休みを取りやすくて法務局や金融機関で手続きができる人を指定しても良いでしょう。
さらに遺言執行者になれるのは個人に限定されないので法人を指定することもできます。たとえば相続について相談している信託銀行に遺言執行者になってもらい、生前の相続相談だけでなく自分の死後の相続手続きまで依頼するようなケースです。また、遺言者が若いなどの理由で遺言が執行されるまでの年数が長い場合には、さまざまな事情で遺言の執行が行えなくなるリスクがある個人ではなく、法人を遺言執行者に選任した方が確実と言えます。
専門家に依頼することも可能
相続人同士の仲が悪くて自分の死後に相続トラブルが起きる可能性が高い場合には最初から弁護士に依頼して遺言執行者になってもらったほうが安心です。仲たがいしている相続人の中の1人を遺言執行者に指定すると、返って他の相続人の不満が大きくなって相続人の間に大きな遺恨を残すことにもなりかねません。
また不動産の相続や遺贈に伴う登記が必要なケースでは司法書士に遺言執行者を依頼しても良いでしょう。職権で戸籍収集ができる弁護士や司法書士が遺言執行者になることで、相続人調査から始まる一連の相続・遺言執行手続きがスムーズに進みます。
専門家に依頼した場合の報酬相場
遺言執行者を専門家に依頼した場合の報酬相場は司法書士の場合は20万円~70万円程、弁護士の場合は30万円~100万円程で事務所によって金額に幅があります。また基本報酬額とは別に遺産額に応じて料金が変動する形にしている事務所も多く、その場合の報酬の目安は遺産額の1~3%です。
遺言執行者を弁護士や司法書士ではなく行政書士や税理士に依頼することもできますが、いずれにしても遺言執行者を専門家に依頼した場合には数十万円単位で報酬の支払いが必要になります。
遺言執行者を選任する3通りの方法
遺言執行者を選任する方法には「遺言書で指名する」「遺言書で選任者を指名する」「家庭裁判所に遺言執行者を選任してもらう」の3通りあります。このうち前2つは遺言書を書く人が選任する方法で、最後の1つは相続人が遺言執行者を選任する方法です。以下ではそれぞれの選任方法の特徴や手続きの流れを解説していきます。
遺言書で指名する
遺言執行者に指名したい人が遺言書を書く段階で既に決まっている場合には遺言書で指名できます。「長男〇〇を遺言執行者に指名する」と記載したり「以下の者を遺言執行者に指定する」と記載してその下に指定する弁護士や司法書士の氏名・住所を記載する形です。遺言執行者の権限の範囲も明確に記載したほうが良いでしょう。
また相続人や知人に遺言執行者になってもらう場合には事前に本人に伝えておくことも大切です。遺言執行者に指名された人は実際に相続が起きたときに就任を辞退できるので事前に了解を得ておくことをおすすめします。
遺言執行者は複数指名することも可能
遺言執行者は1人だけとは限らないので複数指名することも可能です。各遺言執行者の権限が遺言で指定されている場合は権限の範囲内で遺言執行を行い、権限が分かれていない場合は原則として遺言執行者全員の多数決により決定します。
なお複数の遺言執行者を指名するケースとしては、たとえば司法書士に遺言執行者として相続登記のみ依頼して他の手続きは相続人が遺言執行者になって手続きを行うケースです。弁護士や司法書士など複数の専門家に依頼してそれぞれに遺言執行者としての権限を設定するケースも考えられます。
遺言書で選任者を指名する
遺言執行者になってもらう人を直接指名するのではなく遺言執行者を選ぶ人を遺言書で指名することもできます。誰が遺言執行者として適任なのかは実際に相続が起きた時の状況で変わるので、その時点で遺言執行者として最適な人を選んでもらう方法です。遺言書に「遺言執行者の選定を△△に一任する」などと記載します。
家庭裁判所に遺言執行者を選任してもらう
相続人の方が遺言書の内容を確認して遺言執行者が指定されていなかった場合や指定された人が遺言執行者になることを辞退したり既に死亡していた場合には、家庭裁判所に申立てをすれば遺言執行者を選任できます。遺言執行者の選任の申立てができるのは相続人・受遺者・遺言者の債権者などの利害関係人です。
遺言執行者を誰にするかを決めるのは裁判所なので相続人同士で勝手に決めることはできませんが、候補者を事前に選定して裁判所に申請することができます。
遺言執行者の選任を申立てる手続き
遺言執行者の選任の申立てを行う家庭裁判所は「遺言者が最後に住んでいた住所地を管轄する家庭裁判所」です。連絡用の切手と執行の対象となる遺言書1通につき収入印紙800円分が必要で、以下の書類を揃えて家庭裁判所に提出します。
- 遺言執行者選任申立書
- 遺言者の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 遺言執行者候補者の住民票又は戸籍附票
- 遺言書写し又は遺言書の検認調書謄本の写し
- 利害関係を証する資料(親族の場合は戸籍謄本等)
追加で書類の提出を求められるケースもあるので、必要な書類や費用は事前に家庭裁判所に確認するようにして下さい。なお管轄の家庭裁判所を探したい場合や申立書をダウンロードしたい場合は、該当ページへのリンクが以下の裁判所ホームページに掲載されています。
遺言執行者の義務や行う手続き
遺言執行者には相続手続きを行う権限が与えられていますが、守るべき義務や行わなければいけない手続きもあります。遺言執行者に指名された場合には、その職務の内容を理解した上で就任を承諾することが大切です。
何らかの理由で遺言執行者になることを辞退したり就任後に辞任を申出るケースもあり得るので、遺言執行者が行う手続きや義務、辞退・辞任するときの手続きの流れを確認しておきましょう。
遺言執行者の義務
遺言執行者になることを承諾した者は、
- 任務の開始義務
- 善管注意義務
- 財産目録の作成・交付義務
- 遺言執行状況の報告義務
- 受取物の引渡し義務
- 受任者の金銭の消費についての責任
を負います。
遺言執行者になるとすぐに任務を開始し、遅滞なく財産目録を作成して相続人に交付しなければいけません。適切な注意を払って任務を行い、相続人からの求めに応じて遺言の執行状況の報告を行うのも義務の1つです。相続人のための財産を受け取った時には相続人に引渡し、相続人の物を消費した場合に補償する義務も負います。
遺言執行者が行う手続き
遺言執行者に就任してから業務を完了するまでの流れはおよそ以下のようになります。
- 遺言執行者に就くことを承諾したら直ちにその任務を開始する
- 戸籍謄本等から故人の相続人を調べる「相続人調査」を行う
- 判明した相続人に対して遺言執行者に就任した旨の通知および遺言書の写しなどを送付する
- 現預金や不動産などの相続財産を把握する「相続財産調査」を行い、財産目録を作成して相続人に交付する
- 遺言書の内容に従って財産の名義変更手続きなどを行い、各財産を相続人や受遺者に引き渡す
- 遺言の執行が終わったら相続人に対して終了通知および結果報告を行う
遺言執行者を辞退・辞任したい場合は?
遺言執行者に就任する前に辞退する場合と就任した後に辞任する場合では手続きの流れが異なります。遺言執行者に正式に就任した後に辞任するのは簡単ではないので、遺言執行者を引き受けるかどうかはご自身の状況を踏まえて慎重に検討するようにして下さい。
就任前に辞退したい場合
遺言書や家庭裁判所によって遺言執行者に指名された場合でも承諾するか辞退するかは指名された人の自由です。辞退する場合には遺言執行者に就くことを承諾しない旨を相続人に通知します。通知は義務ではありませんが、後々のトラブルを避けるために、相続人全員に書面で辞退の旨を伝えるのが望ましいです。辞退する理由が問われることはなく、辞退の通知を出す期限なども特にありません。
ただし相続人やその他の利害関係者が相当の期間を定めて指名された人に対して実際に遺言執行者に就くのかどうか確答を求めてきた場合は、期間内に返答しないと遺言執行者になることを承諾したものと見なされます。
就任後に辞任したい場合
民法第1019条2項では「遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。」と規定されています。
就任前に辞退する場合とは違って就任後の辞任は「正当な事由」がないとできません。遺言執行者という重要な職務を一度引き受けた以上、簡単に撤回を認めるべきではないからです。もちろん病気や遠方への引っ越しなど職務を継続できない正当な事由があれば辞任できるので、その場合には家庭裁判所に申立てを行います。
遺言執行者を解任できる場合とその手続き
遺言執行者は遺言を執行する重要な役割を担うので簡単に解任されることはありません。しかし就任した遺言執行者が残念ながら適任ではなく解任せざるを得ないケースもあるので、以下では遺言執行者を解任できる条件や解任手続きについて解説します。
遺言執行者を解任できる場合とは
民法第1019条1項では「遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。」と規定されています。以下のようなケースに該当する場合、遺言執行者の解任が可能です。
任務を怠った場合
「遺言執行者の義務」で紹介した義務を履行せず、遺言執行者としての役割を果たしていなければ解任できます。遺言執行者に就任したのに手続きを進めなかったり、相続人が請求しても遺言執行状況を報告しないような場合が解任できるケースです。
正当な事由がある場合
遺言執行者が病気になって職務の継続が難しい場合などは解任の正当な事由に該当するケースです。中立の立場で手続きを進めずに一部の相続人に加担したり相続財産を個人的に使い込むような不正をした場合も解任できます。
遺言執行者の解任手続き
遺言執行者を解任したい場合には「遺言執行者解任の審判の申立て」を家庭裁判所に行います。申立てを行う家庭裁判所は「遺言者が最後に住んでいた住所地を管轄する家庭裁判所」です。申立ての際には申立書や申立人・遺言執行者・被相続人の戸籍謄本や遺言書の写しなどが必要ですが、必要書類は事前に家庭裁判所に確認するようにして下さい。
実際に遺言執行者が解任されるまでには時間がかかるので、すぐに遺言執行者の権限を停止したい場合は「遺言執行者の職務執行停止の審判の申立て」も同時に行います。また審判が終わるまでの間に代わりの遺言執行者に遺言を執行してもらいたい場合は、職務代行者選任の申立ても必要です。
遺言執行者に関するよくある疑問
最後に遺言執行者に関してよくある疑問・質問をまとめて紹介します。遺言や遺言執行者など相続に関する専門知識は難しいことも多くて不安を感じる人もいると思いますが、疑問点を1つ1つ解決して納得できる形で且つ安心して相続を迎えられるようにしましょう。
遺言執行者が相続登記をできない場合とは?
民法が改正されたことで2019年7月からの新制度では遺言執行者が相続登記をできるケースが増えました。しかし2019年7月よりも前に遺言者が死亡した場合は、旧民法の規定が適用されるので、遺言執行者が相続登記をできないケースがあり注意が必要です。
具体的には「土地Aを相続人甲に相続させる」と遺言書に書かれているような場合です。「遺贈する」ではなく「相続させる」と書かれていると遺言執行者は相続登記ができません。「相続させる」場合には相続開始と同時に対象財産の権利が相続人に移ると考えられ、遺言執行者が代わりに手続きを行う必要や余地がないからです。
遺言執行者が死亡してしまった場合は?
遺言書の作成者が亡くなる前に遺言執行者が死亡した場合でも遺言書の他の内容に影響はありません。ただ遺言書そのものは有効でも遺言執行者がいないことになるので遺言書を書き直したほうが良いでしょう。書き直さないまま相続が開始した場合は相続人などが家庭裁判所に申立てを行えば遺言執行者を選任できます。
また相続が開始して遺言執行の職務に就いている遺言執行者が死亡した場合も申立てをすれば新たな遺言執行者を選任できるので、必要書類を揃えた上で家庭裁判所で手続きを行って下さい。
遺言執行者が預貯金の名義変更や払い戻しを行うことは可能?
遺言執行者が預貯金の払い戻しなどをできるのかどうか旧民法の規定では不明確でしたが、2019年7月に施行された民法1014条では遺言執行者の権限が明確化されました。特定の財産を共同相続人の一人または数人に相続させる旨が遺言書に記載されていれば、遺言執行者はその財産に関して必要な行為を行うことができます。
そのためたとえば遺言書に「A銀行の普通預金500万円をBに相続させる」と書かれていれば、遺言執行者は預金の名義変更や払い戻しを行うことが可能です。ただし預金口座内の一部の預金のみを相続させる旨が遺言書に書かれている場合は、預金口座の解約はできず該当する預金の払い戻しのみ行えます。
遺言執行者が遺留分侵害額請求を受けた場合は?
遺言執行者が遺留分侵害請求を受けた場合の対応方法は相続の開始時期によって異なります。
まず2019年6月末日までに開始した相続は、侵害された権利に相当する遺産自体を取り戻す「遺留分減殺請求」という旧制度の対象です。請求が認められると誰がどの財産を相続するのか変わる可能性があるので遺言執行者は遺言の執行を停止するのが一般的です。
一方で2019年7月1日以降に開始した相続で適用される「遺留分侵害額請求」という新制度では、遺産そのものではなく侵害された権利に相当する金銭を請求します。遺産の相続の仕方そのものが変わるわけではなく、遺言の執行に影響が出るわけではないので遺言執行者が職務を停止する必要はありません。
遺言に関する疑問や悩みは専門家に相談を
遺言執行者を選任すべきかどうかはケースごとに判断が必要ですが、遺言の内容を確実に実現したい場合には遺言書で遺言執行者を指名したほうが良いでしょう。相続人全員の協力がないとできない相続登記や預金口座の名義変更であっても遺言執行者であれば手続きを行えます。
また相続人にとっては家庭裁判所に申立てて遺言執行者を選任する際の手続き方法やご自身が遺言執行者になった場合にどんな権限や義務が生じるのかを理解しておくことが大切です。ただ相続に馴染みがない人も多いはずなので、疑問や悩みがあれば弁護士や司法書士などの専門家に相談するようにして下さい。
遺言執行者を指名する際の遺言書の書き方から遺言執行者になった方の実際の手続きまで相続に強い専門家によるサポートを受ければ安心です。
この記事を監修した弁護士からのコメント
石尾理恵弁護士
遺言者が遺言書を作成したとしても、遺言執行者がいない場合は遺言の内容が必ずしも実現されるとは限らないという不安が残ります。そのため、弁護士が遺言書の作成の依頼を受ける際は、遺言執行者を指定しておくことをお勧めしています。 遺言執行者を指定しておけば、費用がかかるというデメリットはありますが、遺言内容を円滑かつ確実に実現してもらえるという大きいメリットがあります。 特に遺言者の死後は、葬儀だけでなく、相続税の申告、準確定申告など相続人らにとって負担が大きい手続きが続きますので、第三者を遺言執行者に指定しておくと相続人らにとって負担の軽減になる場合も多いです。 遺言書を作成される場合は、誰にどの財産を与えるかだけではなく、遺言執行者や遺留分などにも留意して、自己の死後の相続トラブルを防ぐことも重要です。
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