「起業したら屋号を持つべき」先輩個人事業主からそのようなアドバイスを受けたことがあるかもしれません。ただ、屋号なしでも個人事業を営む上で問題ないのは、ご存じでしょうか。屋号の基本事項から必要な場面、義務ではなくても屋号を付けるべき理由など、くわしく解説します。
個人事業主・自営業の屋号とは
「屋号」と聞いて、まず思い浮かべるのは、お店の看板ではないでしょうか。屋号は商店の「顔」ともいえる存在であり、すべての個人事業主や自営業にとって不可欠であるかのようも思えます。でも、もし屋号なしだとしたら、どんな不都合があるのでしょうか。事業を進める上で、屋号はどういった役割を果たすのか、詳しくみていきましょう。
屋号って何?
屋号は個人事業を始める際の名前です。税務署に「個人事業の開業届出書」を提出する際に、屋号の欄に名称を記載します。
法人の場合は、代表者人とは別人格であることを示すために「〇〇株式会社」という名称をつけて法人登記をします。個人事業主の場合は、登記という制度はありませんが、事業の総体を表すために屋号という形で名前をつけます。
屋号の例
屋号にはどのようなものがあるでしょうか。士業の場合は、事務所登録をした名称をそのまま屋号とするケースがほとんどです。たとえば次のようになります。
- 〇〇税理士事務所
- 〇〇行政書士事務所
- 〇〇一級建築士事務所
商売をしている場合は、屋号を見ただけで、何をしているのか分かる名称が多く用いられます。例えば、以下のようなつけ方をします。
- △△美容院
- △△診療所
- △△工務店
- Café△△
老舗雑貨店や飲食店などでは、あえて何の商売であるかを屋号で表さないこともあります。たとえば次のような名称を用います。
- 〇〇堂
- 〇〇屋
- 〇〇亭
屋号をつける義務はない?
個人事業主の中には、屋号をつけていない人もいます。たとえば、フリーランスで活動をしている作家やカメラマンなどは、個人名で仕事をしていますよね。はたして、法律的には屋号なしだとどのような扱いになるのでしょうか。
開業届には屋号記載の義務なし
個人状主が事業を始める際は、税務署に「個人事業の開業届出書」を提出することが義務づけられています。この届出書の中には屋号を記入する欄があります。しかし屋号が決まっていない場合やつけたくない場合には、この欄を未記入で提出しても受理してもらえます。
つまり屋号は、個人事業を開業するにあたっての必須の条件ではないということです。
確定申告書にも屋号は必要なし
確定申告書の上段の枠内に「屋号・雅号」の欄があります。屋号が未決定の場合や別の理由で未記入であっても、確定申告書は受理してもらえます。
屋号変更時も届出はなしでもOK
事業途中で店名を変更したいなどの理由で屋号を変更することがあります。この場合であっても、特に変更届の義務はありません。次回の確定申告時に、確定申告書の屋号欄に新しい屋号を記入すればいいのです。
税務署に屋号を変更した事実を残したい場合は、あらためて新屋号を記載した「個人事業の開業届出書」を提出すれば受理してもらえます。その際は「その他の参考事項」欄に屋号を変更した旨を記載します。
同様に都道府県税事務所にも屋号変更に伴う届出義務はありません。どうしても心配だというのであれぱ「個人事業の変更の届出書」を提出すれば受理してもらえます。
屋号は何回でも変更可能
屋号は自由に何度でも変更することができます。ただし、屋号を変更するということは、これまで築き上げてきた信用を失ってしまう可能性もあるので注意が必要です。また、一般消費者を顧客とした小売店などを営んでいる場合は、それまで努力して覚えてもらった名称を自ら放棄することとなります。屋号の変更に関しては、慎重に検討を重ねてから行うようにしましょう。
住所が変わる際は要注意
屋号の変更だけであれば特別な手続きは不要ですが、住所も同時に変わる場合は別途手続きが必要です。この場合は、元の住所地を管轄する税務署に「所得税(消費税)の納税地の異動に関する届出書」を提出して住所の変更を届け出る必要があります。
「異動前の納税地」の欄に元の住所を、「異動後の納税地」の欄に新しい住所を記載し、変更後の屋号を「事業所等の所在地及び事業内容」の屋号欄に記載して提出します。
また、「その他参考事項」の欄に「住所地の変更及び屋号の変更」と記載しておくとより丁寧です。なお、この届出書は納税地の異動があった後遅滞なく提出することとなっているので、住所の変更がある場合はなるべく早めに提出するようにしてください。
屋号の付け方・注意事項
屋号を必要に応じて使用することで、事業を円滑に進められます。屋号の付け方は基本的には自由で、文字以外に記号や数字なども使用可能です。しかし、屋号を付ける際には少しだけ注意すべき点も存在します。ここからは屋号の付け方やその注意事項について確認してみましょう。
屋号には記号・数字も使用可能
屋号の付け方には細かいルールがありません。会社の付ける商号は登記できる名称でなければならないため、使用できる文字なども細かい制限が設けられていますが、屋号は基本的に好きな文字を使用することができます。漢字やひらがな、カタカナの他に記号や数字、アルファベットなども使用可能です。
屋号は他者と同じものでもOKだけど・・・
屋号は他者と同じものでも問題はありません。これは、前述の通り屋号自体が法律による保護を受けないことが理由です。しかし、商号として登記されている名称と同じ屋号を同じ住所で使用することは商号権を侵害することとなるため不可能です。
また、同じ住所でない場合でも、有名な会社名やそのブランド名などは商標登録されている可能性が高くなります。このような名称を屋号として使用すると商標権の侵害となり、損害賠償を請求される恐れもあります。特に、商標権の効力が及ぶ類似したサービス内容や商品を取り扱う場合は、類似した名称の使用を避けなければなりません。
法人と混同するような屋号はNG
屋号の付け方は基本的に自由ですが、会社と混同するよう屋号はNGです。例えば、「株式会社」や英語で株式会社を表記する際の「Co.Ltd」などの文字は屋号に使用することができません。これは、会社法という法律で登記上認められた会社以外に「株式会社」や「Co.Ltd」という文字の使用を認めていないことが理由です。同様に「銀行」や「生命保険」などの文字も銀行法や保険業法によってその使用を禁じられているため、屋号に使用することはできません。
個人事業主が屋号をつけるメリット
法律的には屋号なしでもまったく問題がないことが分かりました。しかし、それでもあえて屋号をつけるのには、何かメリットがあると考えられます。個人事業主が屋号をつければ、どんなメリットがあるのかみていきましょう。
屋号をつけることで事業内容をアピールできる
〇〇美容院であるとか△△手芸店といった屋号をつけることで、その個人事業主がどんな事業をしているのか、ほとんど説明を要することなく他者に理解してもらえます。顧客側にとっても、自分が必要としているものを扱っているのか、すぐに分かれば便利ですよね。
屋号付きの銀行口座が開設できる
個人事業主は、税務対策上プライベート用と事業用のお金を明確に区分する必要があります。しかし銀行口座が個人名義のままでは、なかなか区分をつけることはできません。またそのためだけにわざわざ銀行を変えて口座を作るのも煩雑です。
その場合は、屋号付きの口座を作ることで、資金の棲み分けをすることが可能になります。屋号をつけることで事業専用の口座が開設できるというメリットがあるのです。
屋号をつけることで事業への熱意が高まる
名刺を作成した場合に「美容師 〇〇△△」とか「金属加工業 〇〇△△」とするよりも、屋号を添えて「〇〇美容院 代表〇〇△△」とした方が、相手の印象もずいぶんと違ってきます。
器用な人であれば、屋号にちなんだロゴや店の看板デザインを考案して、ますます事業への熱意が湧いてくるようになります。
特に従業員を雇うような場合であれば、屋号という組織体の元で働くという意識が芽生えて結束も強まります。
屋号がブラント化することがある
たとえば、たい焼きが一定のエリア内で評判になった際に、「〇〇△△さんが作ったたい焼き」だとなかなか浸透しませんが、「〇〇屋のたい焼き」と呼ばれるようになると、一気に商圏が拡大する可能性があります。
屋号は知らない人に覚えてもらいやすいことや伝わりやすい点が大きなメリットです。
まとめ
ここまで個人事業主が屋号をつけるメリットについて説明をしてきましたがいかがでしたでしょうか。
屋号をつけるのもつけないのも個人事業主の判断ひとつになります。しかし屋号をつけたからといって、特にデメリットやリスクがあるわけではありません。
事業をスムーズに成長させるためにも、個人事業を始めたら、まずは人々の間に定着しそうな屋号をつけてみてはいかがでしょうか。