任意後見制度とは、判断力の低下を見越して後見人を決めておくための制度です。任意後見制度を使えば、老後に認知症や障がいなどにより判断能力が低下した後も、信頼できる人に財産管理や、各種の手続きを任せられます。
制度の特徴やメリットデメリット、手続き方法をチェックしましょう。
この記事を監修した専門家
ファイナンシャルプランナーCFP®認定者/相続診断士
宮﨑真紀子
任意後見制度とは
任意後見制度とは「後見人」「後見人に任せる後見事務の内容」を、あらかじめ決めて契約を結ぶ制度です。認知症や障がいなどで判断能力が低下する事態に備え、財産の管理や医療・介護サービスの締結を担ってくれる人など、どのような手続きを委任したいかを決めておきます。
認知症が進行するとトラブルを防ぐため、口座が凍結されるケースがあります。親族でも預金を引き出せなくなるため、生活が立ち行かなくなるでしょう。
あらかじめ後見人を立てておくと、委任者の預貯金の管理や解約ができるようになり、判断能力が著しく落ちてしまったときの困難を解決できます。
法定後見制度との違い
法定後見制度と任意後見制度の違いは、後見人を委任者自らが選べるかどうかです。
法定後見制度では判断力が低下してから、家族・親族などが家庭裁判所に申し立てをし、後見人が選ばれてサポートが始まります。後見人を選定するのは家庭裁判所なので、本人の意向は基本的に反映されません。
一方の任意後見制度では判断能力が落ちる前に、委任者自らが後見人を選びます。財産の管理や、医療・福祉に関する手続きを任せてもいいと思える人を、選任できるのです。
本人の希望が生活に反映されるかも両者の違いです。法定後見制度では契約を取り結ぶ時点で、判断能力が喪失しているため、委任者の希望が反映されにくいといえます。任意後見制度では後見人が行う後見事務の内容(代理権)を、前もって定められるので、希望通りの生活が送りやすくなります。
家族信託との違い
家族信託と任意後見制度の違いは、契約の効力が発生するタイミングです。
家族信託とは家族や親族と信託契約を結び、財産管理を一任する制度として存在します。契約を結んだらすぐに効力が発生し、元気なうちから財産管理を委ねられます。一方の任意後見制度では、効力は判断力が低下した後に発生するシステムです。
監督人の有無も両者の違いといえるでしょう。家族信託が監督人を設定しないのに対し、任意後見制度では家庭裁判所が決定した、監督人の選定が必須です。
他にも財産管理以外の事務手続きを行う権利や、ランニングコストなどにも違いがあります。
任意後見制度の種類
任意後見制度は効力が発揮されるタイミングによって3種類に分けられます。それぞれの特徴を考慮して、自分のケースではどのタイプが向いているのかを考えてみましょう。
契約してすぐ後見スタート「即効型」
任意後見契約を結んだら、即座に後見をスタートするのが即効型です。契約後ただちに家庭裁判所へ申し立て、監督人の選定を行います。
軽度ながらも、既に委任者の判断能力の低下が確認できるときに選択されます。スピード感を持って後見を始められるので、早めに手を打たないと、委任者が詐欺や悪質商法の被害に遭ってしまうかもしれないケースに有効です。
ただ即効型には契約を急ぐあまり、契約内容をしっかり検討しないまま締結に及んでしまうリスクもあります。後見が始まってから「こんなはずではなかった」と後悔する事態にならないよう、希望通りの契約になっているか事前によく確認しましょう。
判断能力が落ちてから監査人を選任「将来型」
委任者の判断能力が十分な段階で契約を結び、判断能力の低下が確認され次第、監督人を選定して、後見をスタートさせるのが将来型です。判断能力があるうちに契約を取り結ぶので、委任者の理想とする支援を受けやすいといえます。
ただ将来型の場合は後見スタートまでに時間がかかり、後見人(受任者)に選ばれた人が契約を結んだ事実を失念してしまうケースも発生し得ます。
必要に迫られたときに、滞りなく契約を履行してもらうには、後見契約と共に「見守り契約」を結んでおくとよいでしょう。定期的な連絡によって後見スタートのタイミングを判断してもらえることに加え、委任者と受任者のつながりを保てます。
任意後見契約と同時に委任契約も「移行型」
任意後見契約を結ぶとき、見守り契約や財産管理の委任契約を、一緒に締結するのが移行型です。判断能力があるうちから見守りをしてもらったり、財産の管理をしてもらったりします。後見のスタートは将来型と同様、委任者の判断能力が低下し次第、行われます。
移行型のメリットはいきなり後見がスタートしない点です。見守りや一部の財産の管理から後見へと円滑に切り替え可能です。
移行型で締結されるケースが多い委任契約として、財産管理や身上監護を委任する「任意代理契約」や、委任者が亡くなった後の手続きを任せる、「死後事務委任契約」があります。
任意後見人になれる人
任意後見人は将来的に自分の財産を任せ、手続き関係を一任する重要な存在です。誰を後見人として選ぶかを考えるためにも、なれる人の条件や、何を任せることになるのか、報酬は発生するのかを見ていきましょう。
任意後見人になれる人
任意後見人になれる人には、基本的に制限はありません。親族や友人だけでなく弁護士や行政書士を選ぶことも可能です。
心から信頼できる人を選んでおけば、安心して老後の生活を送れるでしょう。心情として信頼できるだけでなく、自分に代わって財産管理や事務手続きを滞りなく済ませられる人物なら理想です。
ただ次に当てはまる人は、任意後見人になれないので注意しましょう。
【任意後見人になれない人】
- 未成年者
- 法定代理人や保佐人・補助人を解任された経験がある人
- 破産開始決定を受けた人、もしくは裁判所による借金の免除決定を受けていない人
- 行方が分からない人
- 委任者に訴訟を起こしている、起こした経験がある人(加えてその配偶者や直系血族)
- 不正な行為や著しく悪い行いを働いた人、その他後見人に適していないと判断される人
任意後見人の仕事
任意後見人が受け持つ仕事は「財産管理」と「身上監護」です。
財産管理とは委任者の財産をマネジメントする仕事で、預貯金の管理・不動産や、年金の管理・公共料金の支払いなどが該当します。資産を売却したり不動産を賃貸したりするなど、資産運用を行う権限はありません。
身上監護とは委任者が安心して暮らせるよう、生活や治療・介護などに関する法律行為をする仕事です。具体的には住居の確保や、入退院・施設の入退所にかかる手続きなどが該当します。
後見人の仕事は法律行為なので、実際の介護や生活のサポートを行う必要はありません。
任意後見人の報酬
家族や親族が任意後見人となる場合、安価な報酬を支払うケースもありますが、無報酬が一般的です。
弁護士や行政書士など、親族以外のスペシャリストが任意後見人となる場合には、報酬が発生します。相場は毎月1万~3万円を目安としておきましょう。ただ不動産の売却をはじめとする、特別な手続きを委任する場合、別途で料金が発生します。
親族以外のスペシャリストに後見人を依頼するなら、どの程度の費用がかかるかの、事前確認が必須です。後見を受けている間はずっと報酬を払い続けられるように、しっかり準備しておきましょう。
任意後見制度のメリット
任意後見制度を使えば、判断能力が低下する前に後見人を立てられます。では具体的なメリットは何なのでしょうか。制度の特徴から分かるメリットを、三つ紹介します。
自分の意思で後見人を選べる
任意後見制度のメリットとしてまず挙げられるのが、自分の希望に合った後見人を選べる点です。判断能力が十分に残っているうちに契約を結ぶため、本当に信頼できる人に財産の管理や病院・施設の手続きを委ねられます。
法定後見制度も法律上は、本人による申し立ても可能ですが、既に後見が欠かせないほど判断力が低下している状態での申し立ては、事実上困難でしょう。ほとんどのケースで家族・親族が家庭裁判所に申し立て、裁判所の判断で後見人が決まります。
特に委任したい人が現時点で決まっているなら、任意後見制度を活用するのがよいでしょう。どの程度まで後見事務を任せるのか(代理権の範囲)を、委任者自ら決められるのもメリットです。
希望通りの老後が送れる
委任者の希望に即した生活が実現しやすい点は、任意後見制度ならではのメリットといえるでしょう。判断能力が低下する前に契約を結ぶため、後見の開始後にどのような生活を送りたいか、あらかじめ決めておけます。
希望は任意後見契約書の「代理権目録」に記載します。代理権目録とは後見のサポート内容を、一覧にした書類です。
「認知症を発症したら〇〇という施設に入所させてほしい」「△年までに息子に500万円を生前贈与してほしい」など、具体的な内容を記しておきましょう。
任意後見監督人による監督が受けられる
任意後見人が契約通りに委任者をサポートしているか、監視する監督人を設定できる点も、任意後見制度のメリットです。
後見がスタートする時点では、委任者の判断能力は既に低下していると考えられます。本人だけでは契約通りのサポートが受けられているか、判断できないでしょう。希望にそぐわない生活を強いられていたとしても、指摘して是正を求められません。
任意後見監督人がいれば、第三者の視点から後見人の行動に、目を光らせることが可能です。不正が発覚したり後見人が、監督人の指示に従わなかったりする場合には、任意後見人の解任が行われます。
【任意後見監督人とは】
「任意後見監督人」とは後見人を監視する人です。後見契約の効力が発生すると同時に選任されるもので、契約を取り結ぶタイミングではまだ決まっていません。
将来型や移行型の場合には、委任者の判断能力が不十分になり、後見が必要となった時点で、監督人が選ばれます。
任意後見監督人の仕事は、任意後見に関する事務手続きが、契約通りに正しく行われているかどうかのチェックです。後見人と委任者の利益が、相反する事態が発生したときには、委任者を代理して判断を下します。
監督人に選ばれる人の多くは、行政書士や弁護士・社会福祉士などです。
任意後見制度のデメリット
安心した老後を過ごしたい人にとって頼れる任意後見制度にも、デメリットはあります。注意したいポイントを確認して、対策できるようにしましょう。
死後の事務処理を委任できない
任意後見制度で後見人が担えるのは、委任者が生きている間の後見事務のみです。任意後見契約は委任者の死亡とともに、終了します。
身寄りのない委任者が亡くなった場合、葬儀を挙げたり遺産を管理したりと、さまざまな仕事が残ります。しかし任意後見契約を結んだだけでは、後見人は委任者が亡くなった後の手続きや、財産管理を担えません。
死後の事務処理を後見人に委任するには、任意後見契約と併せて、「死後事務委任契約」を結んでおく必要があります。自分が死亡した後の手続きや、事務処理を任せたいなら、死後事務委任契約も同時に締結しておくことがおすすめです。
本人の財産を完全には守れない
委任者本人の財産を完璧に守りきれない可能性もあります。任意後見制度には取消権が認められていないからです。
取消権とは法律行為を取り消せる権利を指します。法定後見制度の委任者や、未成年が行った行為なら、本人や代理人・承継人が取り消せます。しかし任意後見制度の後見人には、取消権が認められていません。
たとえば本人が悪徳商法の被害に遭って、高額な契約を結んでしまっても、後見人が後から本人に代わって取り消せないのです。本人が単独で法律行為をする可能性がある場合は、1人で大きな契約が結べないよう、工夫しておく必要があるでしょう。
任意後見制度を利用する流れ
任意後見制度の活用を始めるとき、必要な手続きの流れを紹介します。手続きの大まかな流れを知っておけば、実際に制度を利用するときも慌てずに済むでしょう。
①任意後見人と契約内容を決める
任意後見制度の利用を開始するとき、最初に行うのが任意後見人の決定です。なれない条件に該当しない人であれば、原則は誰でも問題ありません。老後の財産管理や各種の手続きを任せても、よいと思える人を選びましょう。
任意後見人が決定したら、次は契約内容を定めます。任せられる内容は財産管理に関する法律行為と、医療や介護を受ける際に必要な、事務・法律行為です。
たとえば「週に1回は○○のデイサービスに通いたい」や「体の自由が利く間は△△という施設のデイケアに通いたい」など、具体的な内容を決めておきます。
②契約を締結し公正証書を作成する
公正証書を作成せずに結んだ任意後見契約は、効力が発生しません。任意後見人と契約内容を決定したら、公証役場に行って公正証書を作成しましょう。
公証役場とは法務省が管轄する役所で、遺言の作成や定款の認証などを行います。公正証書とは公証人が作成する公文書です。公正証書を作成する際は、委任者と受任者がそろって、公証役場に出向く必要があります。
公正証書の作成にかかる費用は以下の通りです。
- 公正証書作成の基本手数料:11,000円
- 登記嘱託手数料:1,400円
- 登記所に納付する印紙代:2,600円
- 印鑑登録証明書等の発行手数料:300円程度 ※区役所等の所定金額
必要な費用をしっかりチェックして、公正証書を作成する当日は忘れずに、準備しておきましょう。
③公証人から後見登記を依頼してもらう
公正証書の作成が完了したら、公証人から法務局に「後見登記」を依頼してもらいます。後見登記とは受任者を、正式な後見人であると証明するために、必要な制度です。被後見人(委任者)と後見人の基礎情報や、代理権の範囲などを正式に登録します。
依頼から2~3週間後に登記が終了し、「登記事項証明書」が発行できるようになります。登記事項証明書とは登記の内容を、書面化した書類です。任意後見人が役所や銀行で手続きを行う際、証明書として機能します。
任意後見制度の登記事項証明書については、委任者や受任者をはじめ、委任者の配偶者や4親等以内の親族、代理人に限って請求できます。
④任意後見監督人を選任する
支援が必要になったタイミングで行う必要があるのが、家庭裁判所への任意後見監督人選任の申し立てです。
即効型の場合には後見登記の登録を済ませた直後に、将来型や移行型の場合には委任者の判断能力の低下が確認された後に、行います。申し立てができるのは「本人」「配偶者」「4親等以内の親族」「受任者(任意後見人)」です。
任意後見監督人は家庭裁判所が、委任者の状況や事情を考慮して選任します。監督人の選定が終了すると、結果が任意後見人まで郵送で届き、委任者へのサポートが始まります。
任意後見制度で困ったときの相談先
任意後見制度の利用について不安があるときは、どこに相談すればよいのでしょうか。困ったときの窓口も知っておけば、安心して手続きを進められます。
成年後見制度推進機関
成年後見制度推進機関(成年後見センターや権利擁護センターとも呼ばれる)とは高齢者や障がい者が、地域内で安心・安全に暮らせるようにと設けられた機関です。任意後見制度も成年後見制度の1つなので、疑問点や不安の相談に乗ってもらえます。
成年後見制度について詳しく知りたい、後見制度の手続きの仕方を知りたいなどの幅広い内容をサポートしてくれるのが特徴です。成年後見制度全般に対する相談にも、乗ってくれるでしょう。
成年後見制度推進機関では、より踏み込んだ支援を受けることも可能です。後見人の候補となる人の情報提供を受けたり、申し立てに必要な、書類に関する資料提供を受けたりもできます。
行政書士やリーガルサポート
任意後見制度について相談事があるときは、行政書士を頼るのもおすすめです。行政書士なら制度についての相談だけでなく、制度の利用に関する煩雑な事務作業も任せられます。サービスを賢く活用すれば、スムーズに制度を利用できるでしょう。
制度に関するサポートや相談を受け付けている行政書士を探すなら、ミツモアがおすすめです。オンラインで見積もりが取れるので、行政書士選びが効率的に進みます。
リーガルサポートに相談するのも1つの手でしょう。リーガルサポートは高齢者や障がい者の権利保護を目的とした、公益社団法人です。会員である司法書士が後見人となって委任者をサポートしたり、成年後見制度に関する相談を、受け付けたりしています。
任意後見制度を活用して安心の老後を実現
任意後見制度は老後に不安を抱える人にとって、頼もしい存在です。制度を利用すれば認知症や障がいなどによって、判断能力が落ちてしまっても、財産を守ったり希望する医療・福祉を受けられたりしやすくなります。
制度を利用するか検討するかどうかは、制度のメリットとデメリットをしっかり理解した上で、自分のニーズに合う制度かどうかを判断しましょう。必要だと考えた際には、早めに準備を進めておくと心配がありません。
監修者:宮﨑真紀子
ファイナンシャルプランナーCFP®認定者/相続診断士
コメント
「認知症になったらお金の管理はどうしよう?」「介護はどのようにすれば良いの?」等々、将来に不安を感じることが沢山あるものです。そこで任意後見制度について知っていると安心材料になります。元気なうちに、成年後見センターや司法書士のような専門家に意見を聞くことから始めるのがおすすめです。