個人事業主の事業承継には3つの方法がある
個人事業主の事業承継には「贈与」「相続」「売買」の3つの方法があります。会社の場合、法律で認められた「法人」という人格があるため、承継をしても同一の納税義務者として存在しています。
しかし個人事業主は自営業者である個人が納税義務者であるため、事業承継をしようとすれば、事業用の資産を新たな個人事業主に移動させなければいけないのです。
事業承継をするための3つの方法を説明していきましょう。
贈与による事業承継
贈与による事業承継は、個人事業主が自分の親族、あるいは他人に事業資産等を生前贈与するものです。たとえば書店を子どもに譲るのであれば、店舗の不動産、バイク、書籍、本棚などの資産を贈与します。
自分の息子や妻を後継者としたいという思いがある場合には、贈与による事業承継が最も確実でスムーズに行える方法です。
ただし個人事業主は個人が開業したものであり、組織としての人格がないため、贈与した先代の事業主は廃業届を税務署に提出することになります。また贈与された後継者は開業届を提出します。
利用客からみれば、同じ「△△書店」であっても、税制上は新たな店が開業したという扱いになります。
相続による事業承継
相続による事業承継は、個人事業主が亡くなった際に、遺産分割協議で後継者を決定します。このためいくら家業を継ぎたいという息子がいたとしても、他の相続人が反対をすれば事業承継をすることはできません。
M&A(売買)による事業承継
M&A(売買)による事業承継は、個人事業主の事業資産等を他人に売却するものです。贈与や相続に比べると売買による個人事業主の事業承継は、それほど多くはありません。
事業承継後の資産と債務を考える
贈与により事業承継した者は個人事業主としてスタートするために、帳簿を作成します。受け継いだ資産は帳簿上どのように処理をすればいいのかみていきましょう。
固定資産、減価償却資産の承継
土地、建物、車両などの固定資産、製造用の機械等の減価償却資産、預貯金、売掛金、在庫商品を引き継いだ場合、個人事業主の資産として帳簿に記載します。
借入金の承継
引き継ぐのは資産ばかりではありません。買掛金や未払金といった負債も併せて引き継ぐことになります。こちらは借入金として帳簿に記帳します。
承継後の仕訳や会計処理
承継した資産は、個人事業主として帳簿を作成します。帳簿上、次のように資産と負債に仕訳します。
資産 | 負債 | ||
---|---|---|---|
預金 | 2,000,000円 | 買掛金 | 500,000円 |
売掛金 | 1,000,000円 | 未払金 | 100,000円 |
仕入 | 500,000円 | ||
建物 | 4,000,000円 | 事業主貸 | 6,900,000円 |
合計 | 7,500,000円 | 合計 | 7,500,000円 |
在庫の商品である棚卸資産は「仕入」で処理します。帳簿上資産と負債の合計を一致させる必要があるため、差額は「事業主貸」または「事業主借」として処理します。
不動産の贈与はオススメできない
事業用資産に不動産が含まれている場合は、譲渡方法の検討が必要です。商品や備品などと違い不動産は資産価値が高いため、贈与税が高額になるおそれがあるからです。
このため子どもに贈与による事業承継をする場合は、不動産に関しては、譲渡するよりも貸し付ける方法を選択した方が経済的負担が軽減できます。
不動産の貸付には「賃貸契約」と「使用貸借」という2つの方法があります。それぞれどのような方法なのか説明をしましょう。
賃貸契約によって貸し付ける方法
賃貸契約は承継者である子どもと賃貸契約を結んで、月ごとに賃借料を徴収する最も一般的な方法です。子どもの側も賃借料を経費として計上できるメリットがあります。
ただし身内だからといって、賃借料を相場価格よりも大幅に下げると、差額が贈与と見なされる可能性があるので、金額の設定には注意が必要です。
使用貸借によって貸し付ける方法
使用貸借は無償で不動産を借りる方法です。また、賃料が固定資産税の範囲内程度までの支払いであれば賃料を払っているとはされず、使用貸借とされます。
身内に土地を貸す場合によく用いられる手法ですが、貸主が明け渡しを求めたら、早急に退去を余儀なくされるという不安定な側面があります。
個人事業主の事業承継には税金がかかる
個人事業主は自営業者である個人が納税義務者であるため、贈与による事業承継に伴いどのような税金の対象になるのかを把握しておく必要があります。ここでは、贈与税、所得税、消費税について解説をしていきます。
贈与税
個人事業主である親が子どもに事業承継するケースでは、無償で事業資産を渡すのが一般的です。この場合、譲渡した資産が高額であると贈与税の対象になります。
事業承継に伴う贈与資産の算出は、資産と負債に分けて行います。
資産には、土地、建物、車両などの不動産、預貯金、売掛金、在庫商品があります。
負債には、未払金、借入金、買掛金があります。
「資産」-「負債」が110万円を超えていれば贈与税の対象になります。親が子どもに贈与した場合の贈与税の税率は次のとおりです。
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | 0円 |
300万円以下 | 15% | 10万円 |
400万円以下 | 20% | 25万円 |
600万円以下 | 30% | 65万円 |
1000万円以下 | 40% | 125万円 |
1500万円以下 | 45% | 175万円 |
3000万円以下 | 50% | 250万円 |
3000万円超 | 55% | 400万円 |
ただし、個人版事業承継税制が令和元年度より創設されたことにより、納税免除が可能になりました。(詳細は後述します。)
所得税
個人事業主の所得は、1月1日から12月31日までの所得が対象になります。子どもが事業承継をした場合は、事業承継後に後継者が得た収入から経費を差し引いた金額が所得税の対象になります。
消費税
消費税は年間の課税売上高が1,000万円を超える個人事業主が対象になります。もし先代の個人事業主が課税事業者だった場合、贈与によって承継したか、相続によって承継したかによって扱いが異なります。
贈与によって承継した場合は、後継者が新たに開業した扱いになるため、基本的に開業後2年以内は消費税の納税義務が免除されます。
相続によって承継した場合は、消費税の対象となる売上高を後継者が引き継ぐことになります。たとえば先代の売上高が700万円で、後継者の売上高が500万円だったとすると、合計して1,000万円を超えるため、後継者は課税事業者になります。
個人版事業承継税制で承継を円滑に
平成31年の税制改正により、個人版事業承継税制が創設されました。これは従来中小企業を対象にしていた事業承継税制による税負担の軽減を個人事業主にも適用できるようにしたものです。
個人版事業承継税制によって、承継がどのように円滑になるのか解説をしていきましょう。
個人版事業承継税制によるメリットとデメリット
個人版事業承継税制は、事業の後継者として円滑化法による認定を受けた者が、事業用資産を取得した場合、事業用資産に係る贈与税や相続税の全額が納税猶予されるという大きなメリットがあります。
さらに後継者の死亡や一定の事由によって、納税猶予されている贈与税や相続税が免除されることになっています。
ただし納税猶予の承認を受けるためには「個人事業計画書」を作成する必要があります。詳細な資料であることから、作成には専門的な知識と時間を要するというデメリットがあります。
個人版事業承継税制の対象となる資産
この制度の対象となる資産は、先代の事業の用に供されていたもので、前年分の青色申告書の賃貸借表に計上されていた次の要件を満たすものです。
- 宅地(400平方メートル以下)
- 建物(800平方メートルまで)
- 自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるもの
- その他の減価償却資産
個人版事業承継税制の適用を受けるための要件
個人版事業承継税制の適用を受けるためには、後継者と先代はそれぞれ次のような要件を満たす必要があります。
後継者の要件
- 円滑化法の認定を受けていること
- 相続開始の直前において特定事業用資産に係る事業に従事していたこと
- 相続税の申告期限において開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること
- 特定事業用資産に係る事業が、資産管理事業及び性風俗関連特殊営業に該当しないこと
- 先代事業者等から相続等により財産を取得した者が、特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例の適用を受けていないこと
先代の要件
- 廃業届出書を提出していること又は贈与税の申告期限までに提出する見込みであること
- 贈与の日の属する年、その前年及びその前々年の確定申告書を青色申告書により提出していること
納税猶予を受けるための手続きの流れ
個人版事業承継税制の適用によって納税猶予を受けるためには、次のような流れで手続きを進めていきます。
- 後継者が「個人事業計画書」を策定し、認定経営革新等支援機関の所見を記載したものを都道府県知事に提出する
- 先代から事業資産の贈与を受ける
- 後継者と先代が要件を満たしていることについて都道府県知事の認定を受ける
- 事業承継後青色申告の承認を受け、贈与税の申告期限までに制度の適用を受ける旨を記した申告書を提出する
事業承継を行う手順と手続き
ここでは個人事業主の事業承継を行う場合、どのような流れで進めればいいのかについて解説をします。また必要な手続きについても併せてみていきましょう。
事業承継を行うための流れ
事業承継を行うためには、次のような流れで手続きを進めていきます。
1.後継者の決定
自分の事業を引き継いでくれる後継者を決定します。多くは自分の子どもに引き継ぐケースですが、子どもの配偶者やまったくの他人に引き継ぐこともできます。
2.後継者への引継ぎ・研修
どんな事業でも先代の仕事をいきなり引き継ぐことはできません。しばらくの期間先代と後継者は一緒に仕事をすることで業務をスムーズに引き継ぎます。取引先の挨拶もこの時期に行います。
3.廃業手続き
現個人事業主が税務署に廃業届を提出することで、廃業の手続が完了します。
4.屋号の引継ぎ
先代の屋号を引き継ぎたい場合は、開業届にその屋号を記載します。事業承継に伴い屋号を変更したい場合も同様に開業届に変更したい屋号を記載します。
5.開業手続き
後継者が開業届を税務署に提出します。これで事業承継が完了したことになります。
6.取引先へのあいさつ
取引先に改めて事業承継を行った挨拶をします。請求書の宛先名や銀行の振込口座も変更することになるので、可能な限り直接訪問をして挨拶をした方がいいでしょう。
親族内承継で特に気をつけるべき手順
親族内に複数の後継者候補がいる場合は、できる限り早い段階に後継者を決定して、次期個人事業主としての自覚を持ってもらうようにしましょう。
また親族内承継の場合、却って意思疎通に欠けることがあるので、事業に関してはしっかりと事業内容を引き継ぐ必要があります。どんな事業も一朝一夕にはできないので、一定期間一緒に働きながら、事業を承継する環境を構築することも大切です。
事業承継に必要な書類
事業承継に必要な書類は次のようなものがあります。
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<先代>個人事業の廃業届出書
先代の個人事業主が廃業をする際に「個人事業の廃業届出書」を税務署に提出します。
<先代>所得税の青色申告の取りやめ届書
これまで青色申告をしていた個人事業主は、廃業に伴い「所得税の青色申告の取りやめ届書」を提出します。
<先代>事業廃止届出書
「事業廃止届出書」は、消費税の課税事業者が廃業する際に提出する書類です。ただし「消費税課税事業者選択不適用届出書」「消費税課税期間 特例選択不適用届出書」「消費税簡易課税制度選択不適用届出書 」「任意の中間申告書を提出することの取りやめ届出書」に廃業する旨を記載していた場合には提出する必要はありません。
<先代>所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請
所得税が一定金額以上ある場合、分割して納税をする予定納税をします。しかし廃業をすると、予定納税以下の所得税になることが想定されるため、予定納税額を減額してもらうために「所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請」をします。
<後継者>個人事業主の開業届
後継者は開業にあたり「個人事業主の開業届」を税務署に提出します。
<後継者>所得税の青色申告承認申請書
確定申告で青色申告を選択する場合は、「所得税の青色申告承認申請書」を税務署に提出します。
開業から2ヶ月以内に提出しなければ、その年の確定申告は青色申告をすることができなくなりますので、開業届と同時に提出しましょう。
<後継者>青色事業専従者給与に関する届出書
妻や子どもが事業を手伝い給与を支払っても必要経費として扱うことができません。しかし「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出することで、給与を経費として扱うことが認められます。
先代が個人事業をしていたときと同じメンバーであっても、開業に伴い改めて提出する必要があります。
<後継者>雇用に関する書類
他人を雇用する場合は、「雇用契約書」や「労働条件の書類」、「雇用保険や労災保険の加入手続きに関する書類」が必要です。
また、先代から従業員の雇用を引き継いだとしても、その従業員とは新しく雇用契約する必要があります。
個人事業主の事業承継は税理士に依頼しよう
個人事業主の事業承継は、承継方法によって税金の扱いが異なってきます。手続きも非常に煩雑なため、事業承継が困難を極めることがあります。
こうした手間を軽減するためは、事業承継を税理士に依頼するという方法がとても有効です。
税理士に事業承継を依頼するメリット
事業承継に関係する税金は、贈与税、所得税、消費税など多岐にわたったものになります。これらの煩雑な事務を個人で処理するにはかなりの作業を覚悟しなければいけません。
また節税の方法についても把握する必要があります。
税理士に依頼すれば、こうしたノウハウを保有していますから、事業承継の手続をスムーズに進めることが可能になります。
個人事業主の事業承継は、税金面だけでなく、本来の事業を展開していくことにあります。税理士に依頼することで、事業の引継ぎに専念することができます。
また個人版事業承継税制の納税猶予を受けるためには、後継者が「個人事業計画書」を策定し、税理士等の認定経営革新等支援機関の所見を記載する必要があります。
こうした専門的な書類も税理士に依頼することで、提出可能な書類に仕上げることができます。
事業承継に強い税理士の選び方
個人事業主の事業承継は法人の承継とは異なり、相続税や贈与税などの対策が大きな比率を占めます。
このため法人税などの会社経営に詳しい税理士よりも、相続税を専門に扱っている税理士の方が適しているといえます。
これに加えて、個人事業主の事業承継の経験がある税理士であれば、事業承継に向けて頼りがいのある存在になります。
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この記事を監修した税理士
アテンド会計事務所 - 神奈川県横浜市西区