万が一労働災害が発生した場合に備えて支払う労災保険料。
しかし労災保険は複雑で、保険料の計算方法などを理解できていない人も多いはずです。
そして理解が不足していると、労災保険料を正しく納付できずに罰則の対象になる可能性もあります。保険料の算出方法や納付期限など、労災保険について理解することが大切です。
労災保険とはどんな制度?
労働者が負傷したり亡くなったりした場合には治療費や家族の生活費が必要です。
しかし費用は高額になることもあり、事業主だけでは負担できない可能性があります。
支払うことができずに労働者や家族が困ることがないよう、補償を確実に行うための制度が「労働者災害補償保険」です。
以下では労災保険料の負担者や申告・納付など、必要な知識を1つ1つ紹介していきます。
労災保険とは
労災保険料という形で費用を拠出して積み立てておき、業務災害や通勤災害が発生したときに労働者や家族への補償に充てるのが労災保険です。普段から労災保険料を負担し、必要な場合に保険給付を受けられる仕組みです。
給付金の種類
労働者がケガをしたり病院にかかった場合や、万が一労働者が亡くなって家族が残された場合に給付金を受け取ることができます。具体的には以下のような給付金があります。
保険給付 | 概要 |
療養(補償)給付 | ケガや病気で治療費がかかったときに支払われる給付 |
休業(補償)給付 | ケガや病気で働けず休んだときに支払われる給付 |
傷病(補償)年金 | 療養が長期化したら休業補償給付の代わりに支給される年金 |
障害(補償)給付 | 障害が残った場合に年金や一時金の形で支給される給付 |
介護(補償)給付 | 介護が必要な場合に支給される給付 |
遺族(補償)給付 | 死亡した場合に遺族に年金や一時金の形で支給される給付 |
二次健康診断等給付 | 一次健康診断で一定の異常が見つかると支給される給付 |
※通勤災害の場合は( )内が名称に付きません
労災保険の加入者
労災保険法では「労働者を使用する事業を適用事業とする」と定められています。そのため労働者を1人でも雇っている事業では労災保険に加入しなければいけません。
そして適用事業で働いている人ならば、正社員・パート・アルバイトなど雇用形態を問わず全ての労働者が加入対象となります。なお派遣労働者は派遣元事業所で加入します。
ただし、個人経営の農林水産業の一部では例外も設けられているので、このような事業では申請して認可があったときに労災保険が適用されます。
また、国の直営事業や官公署の事業の一部のように、国家公務員災害補償法・地方公務員災害補償法が適用される事業では労災保険は適用除外となります。
労災保険の加入手続き
労災保険への加入が義務付けられている事業の事業主は、事業が開始された日の翌日から10日以内に「保険関係成立届」を提出しなければいけません。
提出先は事業所の地域を管轄する労働基準監督署になります。
労災保険料の負担割合
労災保険料は全額が事業主負担です。同じく労働保険である雇用保険の場合には保険料は事業主と労働者が負担しますが、労災保険では事業主が保険料の全額を負担します。
労災保険料の申告・納付方法
1年間の保険料をあらかじめ概算で支払う「概算保険料」と、年度が終了した後に確定した金額をもとに保険料額を計算して差額を支払う「確定保険料」があります。
納付期日は概算保険料も確定保険料も6月1日から40日以内であり、一括で支払います。
ただし年度途中に事業が開始・廃止された場合は異なります。また保険料額が一定額を超える場合には、概算保険料を分割で納付できる制度もあります。
労災保険料の申告・納付の手続きは複雑です。
申告漏れをしないためにも、専門家である社会保険労務士に相談すると良いでしょう。
労働保険の年度更新に関する詳しい記事はこちら>>>【保存版】労働保険の年度更新は怖くない!計算や申告方法、気をつけたいポイントも
労災保険料が未納の場合の延滞金・追徴金
保険料を納付しないと納付期限を指定した督促状が届きます。そして督促状の指定期限までに納付しないと、保険料以外に延滞金も徴収されることになります。
また確定保険料を支払わなかった場合などには、保険料額のおよそ1割に相当する金額が追徴金として徴収されます。
罰則の対象にならないためにも、労災保険料は正しく申告・納付しなければいけません。
一人親方などの特別加入・特別保険料
労災保険は労働者のための制度ですが、中小事業主や一人親方でも特別に加入できます。
中小事業主は労働者と一緒に働いて自身が被災するかもしれませんし、自分で仕事をしている一人親方の場合も同様に被災する可能性があります。特別加入して普段から保険料(特別保険料)を支払うことで、万が一の場合も補償を受けることができて安心です。
なお特別加入の場合、一般の労働者とは保険料の計算方法や保険給付の内容が異なります。
加入要件や加入手続きなどの詳細を知りたい場合には、労災保険の専門家である社会保険労務士に相談してみることをおすすめします。
労災保険料の計算方法
労災保険では保険料を全額事業主が負担します。保険料が一体いくらになるのか、どのように計算したら負担額が分かるのか、気になっている経営者の方も多いはずです。
また仮に社会保険労務士に委託する場合でも、納得して労災保険料を支払うためにもまずはご自身で理解することが大切です。以下では詳しい計算方法について説明していきます。
労災保険料の計算方法
労災保険料は「賃金総額 × 労災保険料率」で計算します。
賃金総額とは4/1~3/31の1年間に労働者に支払われる報酬の総額のことです。概算保険料では「賃金総額の見込額」を、確定保険料では「賃金総額」を、それぞれ使って計算します。
ただし一部の事業では特例があり、報酬総額以外の額を用いて計算します。例えば請負による建設の事業では「請負金額 × 労務費率」で算出した額を賃金総額として用います。
この他にも立木の伐採の事業や造林の事業、養殖の事業などでも特例が適用されます。
労災保険の対象賃金
賃金総額に「含まれる賃金」と「含まれない賃金」があります。
毎月の給料やボーナス、各種手当は賃金総額に含まれる一方、退職金などは含まれません。対象賃金の範囲を正しく理解していないと、労災保険料の計算を間違うことになります。
対象賃金の詳細は厚生労働省ホームページの「労働保険対象賃金の範囲」に掲載されているので、含まれる賃金の範囲を正しく理解するようにしましょう。
労災保険料率
賃金総額に掛ける労災保険料率は、事業の種類ごとに定められています。労働災害が発生する確率は事業の種類によって異なり、負担すべき保険料の割合も異なるからです。
労災保険料率は、厚生労働省HP「労災保険料表(平成30年4月1日施行)」で確認できます。年度によって改定されることもあるので、最新の料率を確認することが大切です。
建設業や林業での労災保険料の計算
労災保険料は「賃金総額 × 労災保険料率」で計算しますが、下請け企業が複数存在し、正確な賃金総額を把握することが難しい建設業や林業のような事業では賃金総額を「請負金額×労務費率」で求める場合があります。労務費率は労災保険料率と同じく事業の種類によって異なります。
その後、求めた賃金総額に労災保険料率をかけて労災保険料を算出します。つまり、計算式としては、
①賃金総額=請負金額×労務費率
②労災保険料=①で算出した賃金総額×労災保険料率
となります。
労災保険料の計算例
それでは具体的な事例を使って、実際に労災保険料を計算してみたいと思います。
従業員に支払われる毎月の賃金や賞与額、業種の違いがあると、労災保険料の負担額がどのように変わってくるのか。実際にシミュレーションをして確認してみましょう。
なお以下ではレストラン・運送業・製造業、そして建設業の4つの事例を紹介します。
レストラン(飲食店)
従業員3名のレストラン(飲食店)のケースです。
・Aさん:月給30万円
・Bさん:月給20万円
・Cさん:月給10万円
・賞与 :支給なし
労災保険料率表から飲食店の保険料率は1000分の3と分かります。
賃金総額に保険料率を掛けると、負担額は以下のように計算できます。
(30万円×12+20万円×12+10万円×12)×0.003=21,600円
運送業(貨物取扱事業)
従業員3名の運送業(貨物取扱事業)のケースです。
・Aさん:月給40万円、ボーナス50万円
・Bさん:月給30万円、ボーナス40万円
・Cさん:月給20万円、ボーナス30万円
労災保険料率表から運送業(貨物取扱事業)の保険料率は1000分の9と分かります。
賃金総額に保険料率を掛けると、負担額は以下のように計算できます。
{(40万円×12+50万円)+(30万円×12+40万円)+(20万円×12+30万円)}×0.009=108,000円
製造業(木製品製造業)
従業員5名の製造業(木製品製造業)のケースです。
・Aさん:月給40万円
・Bさん:月給40万円
・Cさん:月給30万円
・Dさん:月給30万円
・Eさん:月給30万円
・賞与:5名合計で300万円
労災保険料率表から製造業(木製品製造業)の保険料率は1000分の14と分かります。
賃金総額に保険料率を掛けると、負担額は以下のように計算できます。
{(40万円×12+40万円×12+30万円×12+30万円×12+30万円×12)+300万円}×0.014=327,600円
建設事業(建築事業)
建築事業で請負金額が3000万円のケースです。
労務費率表から労務比率は23%と分かります。
請負金額に労務比率を掛けると、賃金総額は以下のように計算できます。
3000万円×0.23=690万円
この賃金総額に保険料率(保険料率表から1000分の9.5と分かります)を掛けると、負担額は以下のように計算できます。
690万円×0.0095=65,550円
以上で異なる4つのケースにおける労災保険料の負担額が分かりました。
業種や給与・賞与の支給総額が違うと、労災保険料の金額も大きく変わってくることが理解できたと思います。
労災保険料は年度の前半に一括して支払うことが原則となります。大きな金額をまとめて支払うことになるため、その分負担も大きくなるはずです。
納付期日が近づいてから慌てることがないようにするためにも、事前に労災保険料を正しく計算・把握して、資金繰り含めて申告・納付に向けて早めに準備することが大切です。
まとめ
労災保険は、万が一の場合に労働者や家族の生活を支えてくれる大切な制度です。制度の仕組みや保険料の計算方法など、労災保険についてしっかりと理解しておくことが重要です。
経営者の方の中には、これまで何となく労災保険料を支払っていたという方もいるかもしれませんし、労災保険料の金額に納得できないまま負担していたという人もいるはずです。しかし今回の記事を通して算出方法を理解できて、納得できたのではないでしょうか?
またこれから開業を考えている方にとっては、従業員を雇うのであれば労災保険は必須の知識です。ご自身が特別加入する場合にも同様に必要になる知識でもあります。
しかし、事業を始めたばかりの頃は、何かと忙しくて事業の経営だけで手一杯になってしまうかもしれません。それこそ保険料のことまで意識が行かず、申告漏れが起きては大変です。
そのようなことにならないためにも、開業にあたっては社会保険労務士にも事前に相談をしておくことをおすすめします。
この記事を監修した社労士
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