これまで、ポートレート撮影といえば、中望遠レンズか標準レンズが定番とされてきました。
ただし、こうしたレンズを使ったポートレートは、もう既に研究し尽くされていると言っても過言ではありません。
そこで注目されているのが広角レンズによるポートレート撮影。
ここでは、他のレンズでは撮影できない、ダイナミックなポートレートが撮影できる広角レンズによるポートレート撮影ポイントをご紹介します。
これまで「広角でポートレートなんて撮ったことがないよ」という方もこれを読めばもう大丈夫です。
そもそも広角レンズとは
幕末から明治初期にかけて、カメラに初めて遭遇した日本人は、これを見てかなり驚くと共に「景色や人があるがままに写るという機械」ということで「写真機」と名付けました。時代が下って、誰もがカメラを手にするようになった今でも、基本的にカメラは「見えるものをあるがままに写す」ことが要求されてきました。望遠レンズや標準レンズではレンズの歪みをいかに無くすかに各メーカーが血道を上げています。
こうした中で「あるがままには写らないのが当たり前」ともいえる広角レンズはちょっと変わった存在です。
広角レンズ/標準レンズ/望遠レンズの定義
フィルムカメラ時代に焦点距離50mm程度のレンズを付けてファインダーを覗くと、それまで見ていた景色とほぼ同じ範囲が「あるがまま」に写ることから、これを「標準レンズ」ということが一般的になりました。
これに対し、焦点距離35mm以下を「広角レンズ」、焦点距離85mm以上を「望遠レンズ」と呼びます。なお「超広角レンズ」という言い方もあります。だいたい24mmかそれ以下の焦点距離を指しますが、人によって定義が違います。
広角レンズでは人間が見ているより広い範囲が写る
広角レンズの場合、この「焦点距離」が小さな数字であればあるほど人間が見ているよりも大きな範囲が写ります。
同時に「誇張感」という「肉眼では有りえない感じ」が強まっていきます。この誇張感が広角レンズの強みでもあり弱みであります。
撮影のドキュメンタリーで、カメラマンが指先で四角を作って「うん、こんな感じかな?」と構図を確認しているシーンをご覧になった方は多いでしょう。
でもこれはあくまで標準レンズや望遠レンズをつかって撮影した場合の話。
広角レンズではこういったテクニックは使えません。
ちょっと大げさな書き方ですが、人間は広角レンズを手に入れたことで、ファインダー越しに、それまでは見ることのできなかった景色を見ることができるようになった、ともいえます。
広角レンズは被写界深度が深い。
被写界深度とはピントが合っている範囲をあらわす写真用語です。
写真にもレンズにも使います。広角レンズはこの被写界深度が深いのが特徴です。
ちなみに次に被写界深度の深いのは標準レンズ、一番被写界深度の浅いのは望遠レンズです。
従来のポートレート撮影では主役の人物を引き立てるため、それ以外の部分はわざとピントを合わさない(ぼかす)ことが好まれてきました。
このためポートレート撮影の定番と言えば、被写界深度の浅い中望遠レンズでした。
ただ、こうしたポートレート写真定番の技法は、構図も含め研究し尽くされ、流石に新鮮味がなくなってしまいました。
そんな中で、被写界深度という観点から、あまりポートレート撮影には使われなかった広角レンズが注目をあびています。
パース(遠近感)が強調される
広角レンズは、他のレンズに比べ、手前のものがより大きく、遠くのものが小さく誇張されて写ります。
これも冒頭で述べた「あるがままに写る」という観点からは外れた、広角レンズならではの特徴ですが、おかげでダイナミックで臨場感のある写真を容易に撮影できるのもこのレンズの特徴です。
風景や建築物を撮影するときに大活躍
他の焦点距離では画面からはみだしてしまう大きな建物を画面内に収めることもできます。
ダイナミックな構図の写真を撮ることも可能です。
ポートレート撮影に広角レンズを使うことで出来ること
広角レンズは、従来のポートレート写真に多い、モデルさんに近づいて上半身を撮るといった構図でももちろん使えますが、広角レンズの持ち味はあまり活かせません。
せっかくですから他のレンズではできない広角レンズならではの撮影方法を考えてみましょう。
ダイナミックな構図の写真の一部に埋め込む
ここで取りあげた写真は、写真のどこを見てもフォーカスが合っているように見えます。
これを「パンフォーカス」と呼びます。こうした人物が中景に入るような写真では、たとえポートレート撮影でも人物にフォーカスを合わす必要はありません。
フォーカスをマニュアルに切り替え、構図の中で一番近いものと一番遠いものの中間にピントが合うようにします。
次に「絞り優先モード」に切り換えて、F/8を目安に絞りましょう。
写真の全体にピントが合うように見えたらOKです。被写界深度の深い広角レンズならでは撮影方法です。
背景やシチュエーションを活かすことが出来る
標準レンズ、望遠レンズのポートレートでは、基本的に「背景をぼかす」ため「いつどこで撮影された」という要素は盛り込まれません。
これに対し被写界深度が深く、背景までピントが合う広角レンズでは「いつどこで撮られたか?」という要素を盛り込むことができます。
例えば「2019年のクリスマスに渋谷で撮影」「建設中のオリンピックスタジアムを背景にして撮影」「海外旅行に行ったとき、当地の有名ランドマークを背景に入れて撮影」など。
こうしたとき、フォーカスはあくまで被写体に置きつつ、「絞り優先モード」に切り換えて背景にもピントが合うまで絞ります。
ここで注意したいのは、絞りを深くするとシャッタースピードが遅くなること。特に夜間の撮影では、あまり欲張ると「手ブレ写真を大量生産」ということになりかねません。
F値の低い明るいレンズ、手ブレ補正を搭載したレンズ・本体があるとこういう状況でも手ブレしにくくなります。
限られた場所でも全身を写すことが出来る
広角レンズでのポートレート撮影は時にモデルさんの数十センチまで近寄ることも当たり前。
でもこうした場合でもちゃんと全身が写るのが広角レンズらしいところです。
ただしこういう場合、構図は日の丸構図が基本。なぜかというと広角レンズでは中心部から外れるほど誇張感をもって撮影されるようになります。
モデルさんの顔が歪んで撮影されるようになってしまったら、それはもうポートレートとはいえませんし、写真としても失敗しています。
一方、こうした場合モデルさんの手足が長く写るという効果も同時に得られます。
おとなしいポートレートではなくダイナミックなポートレートが撮影できます。
モデルさんと話し合い、手足を伸ばしてもらったり引っ込めてもらったり、いろんなポーズを試しましょう。
こうして話し合いながら完成したポートレートはカメラマンとモデルさんの共有物。うまくいってもいまひとつになってしまっても良い思い出になること請け合いです。
☆足を長く写したい場合、ローアングル気味で撮影するのがオススメです。
広角レンズを使ったポートレート撮影のポイント
ここではより具体的に写真の作例を観ていただきながら、広角レンズを使ったポートレートの例をご紹介します。
もちろんこれは一例です。広角レンズを使ったポートレートの歴史は浅く、工夫次第であなた独自の構図を編み出すことも十分に可能です。
上から撮影する
標準レンズや望遠レンズではこういった撮影をしようとすると、脚立を立てることになりますが、モデルさんの数十センチまで近寄っても全身が写る広角レンズではそのような必要がありません。
ローアングルから撮影する
広角レンズのローアングル撮影は遠近感が誇張された独特のもの。これまた他のレンズでは撮影できない写真が撮影できます。
風景の一部のように撮影する
屋上から広角レンズで撮影した東京の夜景です。手前にモデルさんを立たせてポートレートにすることで他のレンズでは到底撮影できないポートレートの完成です。
広角レンズの消失点を利用して撮影する
写真にはいずれにも「消失点」というものがあります。(この写真では線路が地平線で交わって1点になっている点)
しかし広角レンズ以外ではまず一点には収束しません。広角レンズはこうしたダイナミックな構図を撮影するのに最適のレンズです。
パース(遠近感)を活かして撮影する
この写真で注目して欲しいのは、手前の人物と一番奥の女性の顔の大きさがまるで違うところです。
実際の人物は3メートルくらいの範囲に収まっていますが、見た感じではとてもそうは思えません。
この遠近感が強調されたポートレートは広角レンズの独壇場です。
ダイナミックな背景の中に入れて撮影する
広角レンズではこのようなダイナミックで臨場感のあることが簡単にできます。
この写真では背景だけですが、モデルさんをこうした背景の手前に立たせるだけで、他のレンズには出来ない撮影ができます。
広角レンズでポートレート撮影する時に気を付けること
ここでは、普段は標準レンズや望遠レンズを使っている方向けに、気を付けるべき点を書き出しました。
いわば「広角あるある」的な失敗です。
いずれもちょっと撮影して慣れれば簡単に克服できる内容です。
広角レンズの世界を楽しむためにぜひお読みください。
写すつもりの無かったものまで写っている
良くあるのが「自分の足先が写っている」というものです。
ポートレート撮影ではモデルに気を取られがちですが、広角レンズは想像しているよりも広い範囲が写ります。
レンズを手に入れたら試し撮りをしてこういった事態が起きないようにしておきましょう。
被写体が歪んでしまった
広角レンズでは真ん中を外れるとそこからどんどん歪んでいきます。
モデルさんに近接して撮るポートレート撮影では奇を衒わず、モデルさんの顔を真ん中に入れる「日の丸構図」を基本としましょう。
特に周辺部(写真の端っこの方)はかなり歪みます。
主題がぼやけてしまった
パンフォーカス撮影をしたら、背景にも魅力的なテーマが写っていて、人物とそのテーマとどっちが主役か解らない…という失敗が起きがちなのも広角レンズの特徴です。
撮影時に徹底的に構図を整理しましょう。人物が主役になるように撮影してこそポートレート撮影です。
屋外のローアングル撮影では誤解を受けないように注意
人混みの中でローアングルからの撮影をしていると「スカートの中の盗撮」とあらぬ疑いを受けてしまうのが広角レンズです。
残念ですが人混みの中ではローアングル撮影はあきらめましょう。
ただし、広角レンズはモデルさんと数十センチあれば全身撮影が可能なレンズ。
すこし人混みを外せば、こうした誤解を受けにくい場所がすぐ見つかります。
初めての方におすすめの広角レンズ
性能の割にお手頃な値段、初心者でも扱いやすいズームレンズをそれぞれキヤノン用、ニコン用、ソニー用から1つずつ選びました。いずれもAPS-C機、フルサイズ機、どちらでも使えるレンズですから、本体はまずはお手頃なAPS-C機で始めて、いつかはフルサイズ機に乗り換えたいという方にもぴったりです。
キヤノン EF16-35mm F4L IS USM
ニコン AF-S NIKKOR 18-35mm f/3.5-4.5G ED
ソニー SEL1635Z
納得のポートレート写真を撮影するために
ここまで長文の解説におつきあいいただき、ありがとうございました。
この記事を読んでいただいた方、次はいよいよ実践あるのみです。
写真の上達にはとにかく数を撮ることが大事。
ポートレート撮影の本番前には「風景だけの写真」を撮影して、モデルさんをどこに配置すれば良いかイマジネーションをまとめておきましょう。
ただ実際に撮影すると「ええっ、こんな風になっちゃうの」とびっくりするのが広角レンズです。
そこからどう修正していくのか。100点満点の写真が必ずしもよいとは限りません。
誰にも撮れない写真、それがあなたの個性につながります。どうか世界に1枚しかないあなたのポートレートを撮影してください。
広角レンズの魅力を最大限引き出すためには
まずは個性の強い広角レンズに慣れることが第一歩です。
次は構図の研究。…でも、これが一人でやっているとなかなか解らないものです。
広角レンズでポートレート撮影を投げ出してしまう方の多くはこの理由が多いともされています。
こんなときは思い切って「プロのカメラマン」を呼んでみましょう。
プロのカメラマンに依頼するメリット
プロカメラマンは何万枚もの写真を撮影した経験の中から「最適」と判断したレンズ・構図・被写体の位置を瞬時に選びます。
こうして撮影された写真は「目指すべきお手本」として、あなたのモチベーションアップに役立つのではないでしょうか。
またプロカメラマンを招く目的は「撮影」のみではありません。
「広角レンズでうまく撮影するには」という勉強会を企画してゲスト出演してもらってはいかがでしょうか。
こうしたカメラマンはネットや雑誌ではカバーしきれない「独自のノウハウ」を持っているもの。
講演会が終わった後は、参加者それぞれが持ち込んだ機材を使いながらプロの実践指導タイムを設ければ、実力がぐっとアップすること間違い無しです。
プロのカメラマンと言うとアニメ「美味しんぼ」の海原雄山みたいな感じの方が来て「うぬぅ、お前のカメラ、レンズ、構図、すべてなってないわ!」みたいにダメ出しされるんじゃないかと恐れている方も多いのではないでしょうか。
それは大きな誤解です。
プロカメラマンは「気さくな方」が多いのです。プロのカメラマンは「芸術家」ではなく、クライアントのニーズをいかに具現化するかすることに長けた、コミュニケーション上手なプロなんです。何でも相談してみてはどうでしょうか。
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