社会保険料の計算方法を理解する上でポイントになるのが「標準報酬月額」です。標準報酬月額とは何か、等級の考え方や決定方法を理解しておくと社会保険料を計算できるようになります。
給与計算を担当する人事担当者にとって標準報酬月額は欠かせない知識のひとつです。この記事では標準報酬月額とはどのようなものなのか、また、どのように決定されるのか、具体例を用いながらわかりやすく解説していきます。
社会保険の標準報酬月額とは
社会保険料の計算方法を理解するためには、計算の基礎になる標準報酬月額とは何か、この点を理解しておく必要があります。
そこでまずは標準報酬月額に関する基本的な事項として、適用される社会保険の種類や等級の決め方について確認していきましょう。
標準報酬月額が適用される社会保険は?
標準報酬月額を使って保険料額を計算する社会保険は、健康保険・厚生年金保険・介護保険の3つです。
月々の給与にかかる健康保険料や厚生年金保険料、介護保険料は、標準報酬月額をもとに計算して従業員と会社が半分ずつ負担します。
標準報酬月額とは?
標準報酬月額とは健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料を計算するときに基準となる金額です。毎月の社会保険料を計算する際、残業代の多寡などで変動する各月の給与額ではなく、標準報酬月額という決まった額を使うことで計算がわかりやすくなります。
毎年決まる標準報酬月額を原則1年間使って社会保険料を計算するため、月ごとに給与額が変動しても保険料額には基本的に影響がなく、保険料計算を毎月やり直す手間はかかりません。
標準報酬月額の等級について
標準報酬月額は、健康保険では50の等級に、厚生年金保険では32の等級に分かれています。標準報酬月額の決め方の詳しい内容は後述しますが、わかりやすく言うと「給与の月額が〇円以上〇円未満の場合は△等級に該当して標準報酬月額は□円になる」という仕組みです。給与によって等級や標準報酬月額、社会保険料が変わり、手取り金額が変わります。
以下の表は協会けんぽHPに掲載されている保険料額表で、左から3列目の報酬月額を確認して、給与額が該当する箇所を探せば等級や標準報酬月額がわかります。
標準報酬月額の決め方
社会保険料を算出するための標準報酬月額は、以下の4つのタイミングで決定や見直し、改定が行われます。
- 入社したときに行われる「資格取得時決定」
- 毎年行われる「定時決定」
- 給与に大幅な変動があったときに行われる「随時改定」
- 産前産後休業者・育児休業者が職場復帰後に給与に変動があったときに行われる「産前産後休業・育児休業終了時改定」
ここでは、標準報酬月額のそれぞれの決定方法とはどのようなものなのか、わかりやすく解説していきます。
入社の時の「資格取得時決定」
標準報酬月額の資格取得時決定とは、従業員が入社して社会保険の被保険者になるタイミングで行われるものです。
新卒や中途で社員が入社して社会保険の加入者が新たに生じた場合、企業は1ヶ月あたりの給与額を計算して、「健康保険・厚生年金被保険者資格取得届」に記入して年金事務所に5日以内に提出しなければいけません。会社が健康保険組合に加入している場合は健康保険組合に、厚生年金基金に加入している場合は基金に対しても資格取得届の提出が必要です。
また月給以外の日給や時給などで給料が支払われる人については、1ヶ月分の給与見込額を計算して報酬月額を算出する必要があります。この場合に報酬月額の算出で使う1ヶ月あたりの給与額とは、直近1ヶ月間にその事業所で同様の業務に従事している人の報酬額を平均した額です。
資格取得時決定の手続き方法・適用期間
手続き用紙 | 健康保険・厚生年金被保険者資格取得届 |
届出期間 | 入社してから5日以内 |
提出先 |
※組合と基金は加入している事業所のみ |
適用期間 |
※ともに随時改定や産前産後終了時、育児休業終了時改定が行われるまで適用される |
毎年7月の「定時決定」
標準報酬月額の定時決定とは、7月1日時点の状況をもとに標準報酬月額を決定するもので、4月~6月の3ヶ月間の給与支払状況を踏まえて決定します。
毎年1回、標準報酬月額を見直すことで、昇給などで給与が変わった場合でも社会保険料に反映される仕組みです。決定された標準報酬月額は原則その年9月から翌年8月まで1年間適用されます。
ただし、6月1日~7月1日の間に被保険者資格を取得した人や、7月~9月までのいずれかの月から標準報酬月額が改定される人では、定時決定は行われません。
報酬月額の算定方法
- 4月~6月に支払われた各月の給与額を集計する
- 支払基礎日数が17日以上ある月を確認する
- 対象となる月の給与額を合計し、対象月数で割って報酬月額を算出する
- 算出した報酬月額を等級表に当てはめて、新たな標準報酬月額を求める
給与額の集計で対象になるのは4月~6月に実際に支払われた給与で、集計の対象になる月は支払基礎日数(給与計算の対象となる日数)が17日以上ある月です。
例えば4月~6月の3ヶ月すべてが対象であれば3で割り、対象月が2ヶ月しかなかった場合は2で割ります。3ヶ月すべて17日未満の場合は、従前の標準報酬月額で定時決定を行うため金額に変更はありません。
なお短時間労働者(4分の3要件を満たす短時間労働者)の場合は決め方が異なり、17日以上の月がない場合でも15日以上の月があれば、その月を対象として報酬月額を算出します。また特定適用事業所に勤務する短時間労働者の場合は、17日以上ではなく11日以上支払基礎日数がある月を対象として計算します。
具体的な計算例を見ればわかりやすくてイメージしやすくなるので、例えば協会けんぽに加入している会社のケースで標準報酬月額がどうなるか、見てみましょう。
例. 協会けんぽに加入している東京都の会社
標準報酬月額は、健康保険が21等級、厚生年金保険が18等級の28万円です。 |
定時決定の手続き方法・適用期間
手続き用紙 | 健康保険・厚生年金被保険者報酬月額算定基礎届 |
届出期間 | 7月1日~7月10日 |
提出先 |
※組合と基金は加入している事業所のみ |
適用期間 | その年の9月~翌年の8月 |
給与の額に変更があった時の「随時改定」
標準報酬月額の随時改定とは、昇給や降給などで基本給などが大幅に変動したときに標準報酬月額を改定して決め直すものです。次の3つの条件に該当する場合は随時改定の手続きが必要になります。
随時改定の条件
- 基本給などの固定的賃金に変動があった
- 現在の標準報酬月額に2等級以上の差が生じた
- 給与の変動が変動月以後3ヶ月間引き続き、勤務した日数が17日以上(特定適用事業所に勤務する短時間労働者は11日以上)あった
報酬額が大きく変動した場合には実態を反映することを優先して、定時改定まで待たずに随時改定によって標準報酬月額が改定されます。逆に3つの条件のうち1つでも該当しなければ届出の必要はありません。
随時改定の手続き方法・適用期間
手続き用紙 | 被保険者報酬月額変更届 |
届出期間 | すみやかに |
提出先 |
※組合と基金は加入している事業所のみ |
適用期間 |
※再び固定的賃金等に変動があれば再度、随時改定の対象となります |
産休及び育休後の改定
標準報酬月額の産休及び育休後の改定とは、産休や育休に入る前と後で給与額に変動があった場合に、随時改定の条件に該当しなくても標準報酬月額を改定するものです。
随時改定の対象になるのは次の2つの条件を満たす場合で、被保険者の申出を受けて報酬月額変更届を提出します。
改定対象の条件
- 産前産後休業もしくは育児休業に入る前と後の標準報酬額に1等級以上の差が生じている
- 休業終了日の翌日の属する月以後3ヶ月のうち、少なくとも1ヶ月における支払基礎日数が17日以上(特定適用事業所に勤務する短時間労働者は11日以上)ある
産休や育休後に改定が行われると、休業終了後4ヶ月目から改定後の標準報酬月額が適用されます。
産前産後休業・育児休業終了時改定の手続き方法・適用期間
手続き用紙 | 産前産後休業終了時報酬月額変更届・育児休業終了時報酬月額変更届 |
届出期間 | すみやかに |
提出先 |
※組合と基金は加入している事業所のみ |
適用期間 |
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随時改定の例
随時改定の例をご紹介いたします。
基本給17万円 役職手当1万円 交通費2万円 標準報酬月額20万円
9月より基本給19万円 役職手当2万円に昇給(交通費は変更なし)
9月 支給合計23万円 | 3カ月平均23万円 |
10月 支給合計23万円 | |
11月 支給合計23万円 |
従前の標準報酬月額より2等級上がっているので随時改定の対象となります。この例では12月に標準報酬月額が改定となるので12月分の社会保険料(原則1月に徴収されます)より変更となります。
標準報酬月額の算定のもとになる報酬
標準報酬月額を決定するために月々の報酬額を計算するときには、そもそも報酬額に含める報酬とは何か、対象となる報酬の範囲を理解しておかなければいけません。対象となる報酬を含め忘れたり、対象外の報酬まで計算に含めたりしないように注意が必要です。
報酬の対象となるもの
金銭で支給されるものと現物で支給されるものの中で、標準報酬月額の算定の対象になる報酬としては、主に次のものが挙げられます。
金銭で支給されるもの
- 基本給(月額、時給、日給など)
- 諸手当(残業手当、通勤手当、家族手当、住宅手当、役付手当、勤務地手当など)
- 賞与、決算手当等(年4回以上支給されるもの)
現物で支給されるもの
- 通勤定期券、回数券
- 社宅
- 食事、食券
- 被服(勤務服でないもの)
報酬の対象にならないもの
金銭で支給されるものと現物で支給されるものの中で、標準報酬月額の算定の対象にならない報酬としては、主に次のものが挙げられます。
金銭で支給されるもの
- 恩恵的に支給するもの(結婚祝金や病気見舞金等)
- 公的保険給付(傷病手当金、休業補償給付等)
- 臨時的に受取るもの(大入袋、退職金、解雇予告手当等)
- 実費弁償的なもの(出張旅費、交際費等)
- 年3回まで支給される賞与など
現物で支給されるもの
- 食事(本人からの徴収金額が現物給与の価額の2/3以上の場合)
- 社宅(本人からの徴収金額が現物給与の価額以上の場合)
- 制服や作業服など
諸手当の額により等級が変わる
標準報酬月額を決める際に使う報酬額には、基本給だけでなく家族手当などの諸手当の額も含まれます。諸手当の額が変われば標準報酬月額の等級が変わることがあるため、仮に基本給が同じ場合でも社会保険料の金額が同じになるとは限りません。
例えば基本給に変動がなくても、結婚して家族手当が支給されたり社宅に入居したりすれば、報酬月額が上がって等級が変わることがあります。従業員から「基本給が変わっていないのに、給与明細記載の社会保険料が変わったのはなぜですか?」と質問された場合は、諸手当の額も等級に影響する点を伝えましょう。
賞与に適用される標準賞与額とは?
月々の給与にかかる社会保険料と賞与にかかる社会保険料では計算方法が異なり、賞与にかかる社会保険料の計算で使うのは標準賞与額です。標準報酬月額とは金額の決定方法が異なります。月給にかかる社会保険料の計算方法だけでなく、賞与にかかる社会保険料の計算方法も理解しておくようにしましょう。
年3回以下支払われる賞与は標準賞与額
支払回数が年3回以下の賞与は標準賞与額を使って、年4回以上の賞与は標準報酬月額を使って社会保険料を計算します。標準賞与額とは、賞与の総支給額の千円未満を切り捨てた金額です。
標準賞与額には上限があり、健康保険では年度の累計額573万円、厚生年金保険では1回の支給額(同月内に2回以上支給されたときは合算した額)につき150万円が上限になります。
賞与の社会保険料額の求め方
賞与にかかる社会保険料額は標準賞与額に保険料率を掛けて求めます。
例えば埼玉県で勤務する協会けんぽ加入者(35歳)の場合、令和3年度の保険料率は健康保険が9.8%、厚生年金保険が18.3%です。100万円の賞与を受け取った場合は、健康保険料として9.8万円、厚生年金保険料として18.3万円がかかり、会社と従業員が半額ずつ負担します。
退職者の賞与について
退職者または退職予定者の賞与については注意が必要となります。
たとえば、6月30日に退職した従業員へ賞与が7月15日に支払われる場合、賞与から社会保険料を控除することができません。また、7月15日退職予定の従業員に賞与が7月10日に支払われた場合、7月は資格喪失月のため賞与から社会保険料を控除することができません。
ただし、7月31日退職者へ7月に賞与が支給された場合、退職者の資格喪失月は8月(資格喪失日は退職日の翌日の8月1日の為)となるので賞与から社会保険料を控除することができます。
賞与支払時に退職者がいる場合は、上記の点に注意しましょう。
社会保険料の計算方法
標準報酬月額とは何かを理解できたら、実際に標準報酬月額を使って社会保険料を計算する際の手続きの流れを見ていきましょう。
ここでは具体的な計算例を交えながらわかりやすく紹介していきます。社会保険料は一体いくらになるのか、ご自身のケースでも式に当てはめて計算してみてください。
標準報酬月額の申請と決定通知書
従業員の報酬額を計算したら、標準報酬月額表に報酬額を当てはめて該当する等級の標準報酬月額を確認して申請します。そして申請した内容に基づいて標準報酬月額が決定されると決定通知書が届きます。
決定内容に問題ないかを確認するとともに、その内容を被保険者である従業員に速やかに通知してください。正当な理由なく通知をせず通知義務に違反した場合は罰則の対象になります。
また決定内容に不服がある場合に審査請求ができる期間は、決定を知った日の翌日から3ヶ月以内です。
健康保険、厚生年金、介護保険の計算方法
毎月の給与にかかる健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料の金額は、標準報酬月額にそれぞれの保険料率を掛け合わせて算出します。健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料は原則として企業と従業員で折半するため、企業と従業員それぞれの負担額は算出した保険料額の半分の金額です。
折半した額に1円未満の端数があるときの端数処理は、特段の定めがなければ、従業員負担分の端数が50銭以下の場合は切り捨て、50銭を超える場合は切り上げて1円とします。
東京都「協会けんぽ」の計算例
例えば東京都の会社に勤務するAさん(45歳・報酬月額40万円)が協会けんぽに加入している場合、Aさんの給与から天引きされる社会保険料(令和3年度分)は、次のように計算できます。
例. 東京都の会社に勤務する報酬月額が40万円のAさん(45歳)の社会保険料
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このように順序立てて考えると、社会保険料の計算はわかりやすくなります。
従業員から「標準報酬月額とは何ですか?」「額面より手取りが減っていますが、社会保険料はどのように計算するのですか?」などと質問された場合も、このように順を追って説明すると、相手にとってわかりやすくなるでしょう。
標準報酬月額の保険者算定とは?
標準報酬月額は資格取得時決定や定時決定、随時改定などで決定しますが、ケースによっては、このような原則的な決定方法では標準報酬月額を適切に決定できない場合があります。
保険者算定とは、通常の決定方法による報酬月額の算定が困難な場合や著しく不当である場合に用いられる決定方法です。ここでは保険者算定が適用されるケースについて解説していきます。
4月~6月の平均額が多かった場合(2等級以上の差がある場合)
会社や担当業務の内容によっては、4月~6月が業務の繁忙期や閑散期で他の月よりも給料が多い場合や少ない場合があります。このようなケースでは、4月~6月を基準に決定した標準報酬月額を社会保険料の計算で1年間使うのは適切ではありません。
そのため、「4月~6月の3ヶ月間の報酬額から求めた標準報酬月額」と、「前年7月から当年6月までの報酬額から求めた標準報酬月額」の間に2等級以上の差が生じた場合には、後者の年平均額を基準に求めた標準報酬月額を社会保険料計算で使うこととされるケースがあります。
月の途中入社の場合
4月~6月の間に中途入社して被保険者資格を取得した場合は、支払い基礎日数(出勤日数)が17日以上(パートタイム労働者は15日以上)ある月のみ算定対象となります。
休職期間があり報酬が低かった場合
4月~6月の間に休職していて通常よりも報酬額が低い月がある場合、月の途中入社の場合と同様に支払い基礎日数(出勤日数)が17日以上ある月のみを算定対象とします。3ヶ月すべて休職していた場合は従前の標準報酬月額で決定します。
給与の支給に遅延があった場合
3月分以前の給料が4月~6月に遅れて支給された場合や、遡った昇給によって数ヶ月分の差額を一括して受ける場合、4月~6月の報酬額をもとに計算すると標準報酬月額が高く算出されてしまいます。そのため遅れて支給された分や昇給差額分がある場合は、これらの金額を含めずに計算して標準報酬月額を決定します。
まとめ)社会保険料についての決め方、計算方法は社会保険労務士に相談しよう
社会保険料を計算するためには、標準報酬月額とは何か、等級の決定方法はどのようになっているのか、正しく理解しておく必要があります。標準報酬月額の決定や改定が行われるタイミングでは、必要な届出を忘れずに行うようにしてください。
社会保険では専門的な知識が必要になり、標準報酬月額の決め方や社会保険料の計算方法で悩むことが少なくありません。判断に迷った場合には専門家である社会保険労務士に相談すると良いでしょう。
この記事を監修した社労士
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